喩えその時が来たとしても
 
 そして更に不思議なのは、普通だったら到底無事では済まない事故が、始末書と厳重注意程度で終わっているという点。今回の件もそんな事例のひとつだ。加えてそれぞれの事故は全て人災で、起こるべくして起きたという事。作業半径内の安全確認や監視員配置の徹底、積み荷の状態確認や安全帯の点検などを行っていれば未然に防げた事故だったのである。

「今までは本当にラッキーだったとしか言いようがありません。しかし、これからもずっとそうやって上手く事が運ぶとも思えません。慎重過ぎる程の安全確認と、現場では常に危険と隣り合わせである、という心構えをする事が大切です」

 俺は「原因は当事者に有る」という言葉が喉まで出掛かったが飲み込み、生形さんの立場がこれ以上悪くならないよう配慮した。

「そうだな、原因有っての結果だからな。個人個人で更に注意を払わないと……」

「そういうこった」

「ケジメはきっちり付けんべ」

 集まった職長達もみんな頷きながら納得していた。

「では皆さん、明日からはより一層安全面に留意願います。本日は遅くまで有り難うございました」

 例によって所長はとっくに帰っていたが、職長達とは有意義なディスカッションが出来た。今後は『運に頼らない安全』を構築していけたらと思う。

 数日が経ち。

「岡崎さん。ここってホントに工期内に上がるんでしょうか」

 馬場めぐみが真剣な顔をして聞いてきた。白い肌に良く似合う薄目の眉をひそめ、薄茶色の瞳をまっすぐ俺に向けている。こういう思い詰めた表情も堪らない。普段はニコニコと元気の良い彼女だ、俺にとってはたまにしか喰えない国産牛のステーキ程のご馳走である。

「んん……正直、かなり無理があるんじゃないかな。みんなにはかなり残業して貰ってるけど……」

「造作大工さんなんかもうここに住んでる感じですもんね」

 型枠大工はコンクリートの枠を作るがこちらは部屋の内装を作る大工だ。音の出ない作業が結構有るので、深夜でも早朝でも働く事は可能だが、毎日のように早出残業をして貰っているので、こちらとしても心苦しい。

「電気屋さんも設備屋さんもクロス屋さんもそうだ。左官屋さんにも迷惑かけてる」

「設計変更が有り過ぎるのも困りものですよ。折角一生懸命作って貰った物をやり直ししなきゃいけないんですから」

「設計のセンセー方からすれば、こっちは只の駒でしかないからな」

 愚痴合戦になってしまった。


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