喩えその時が来たとしても
 
 しかしそう思うと肩に入っていた余計な力が抜けて、何故だろう、「なんだか行けそうじゃね?」と思っている俺が居た。景気付けにと飲んだ酒が今頃になって回ってきたせいもあるのだろうか。勿論馬場めぐみを失う事への恐怖は有る。だが果たして、俺が告白したところでそれがすぐ彼女との別離に繋がるのかと言えば、それはそれで早計に過ぎやしないか。ごく普通で際立った個性も何もない俺だからこそ、彼女の好む男へと変わる資質を一番備えている人間なのではないか。

 いや、違う。俺が変わるのではない。現場は俺の指揮の本で動いている。俺は現場の指揮者コンダクターなのだ。現場の全ては俺のタクトに従う。馬場めぐみだってその例外ではない……筈だ。

「馬場さんってさ、今付き合ってる男って居るの?」

 な……何をいきなり言い出してるんだ俺は! これは全くの失言だ。いくら酔った席での事とはいえこんな陳腐な質問、合コンでだって有り得ない。

「初めて見た時から凄く可愛いと思ってたんだよ」

 な……何を流暢に喋ってるんだ俺は! こんな軽い調子で問い掛けたら、余計に彼女から嫌われる可能性が増すじゃないか!

「えっ? えええっ?!」

 ああ……、ほら見たことか! 彼女は目ん玉をひん剥いて驚いている。俺自身、何故こんな事を言ってしまったのか解らない。思ってもいなかった事が、口を突いて出てしまったのだ。いや、それも違う。普段から「こんな風にアプローチ出来たらなあ」と、諳ソランじれる程に呟いていたからだ。しかしもう口を出てしまった言葉を取り消す事など出来ない。

「可愛いと思ってたって……先輩……」

 だが目の前で唖然としている馬場めぐみの表情、これはこれでレア中のレア物だ……堪らなく可愛い。


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