喩えその時が来たとしても
 
「先……輩?……」

 少し大袈裟目に腰を振り、ちょっぴりセクシーを演出しながら席に戻ると、先輩は煙のように消えていた。

「お客様、お連れ様は急用がお出来になられたとかで、先にお帰りになりましたけど」

 急用? 先に帰った? たった今まで膝を付き合わせていたのに? そんな素振りは露程も見せていなかったのに?

「お支払いは済ませて頂いておりますが、まだお料理も有りますし、どうぞごゆっくり……」

 店員さんはそう言って頭を下げた。私は愛想笑いを返して席に着く。

「ごゆっくりって……女一人、居酒屋で飲んだくれてたら悲しいでしょうが」

 独り言としては大き過ぎる声で呟き、改めてテーブルを見渡す。先輩の使っていたコップやお皿は片付けられていて、私の物だけが残っていた。もしかして、今日の事は私が思い描いた妄想だった? ……いやそんな筈はない。先輩の吸ったタバコの吸殻が灰皿に残っている。

「ああ、やっぱり中座したからなんだわ」

 後悔先に立たずだ。でも考えてみて? 確かにそんなに会話が弾みまくっていた訳ではないけど、トイレに行くまでの間に先輩をひどく怒らせた覚えはない。恐らく興醒めはさせたかもしれないけど、それが私を置いて帰る程の怒りになる? でも待って。もし本当に急用が出来たのだとしたら? ましてや具合が悪くなってしまったのを隠す為、私が心配するのを回避する為に急用の振りをしたんだとしたら? それも只の腹痛とかじゃなく、何かとんでもない病気だったらどうしよう! いやよイヤッ! 先輩に会えなくなるなんて考えられない!

「ウッ、ウウッ……」

 まだそうとも決まっていないのに、勝手に涙が溢れてきた。そして瞼に浮かんで来るのは先輩の優しい笑顔。心に蘇って来るのは先輩のセクシーボイス。ああっ! こんな時にまで、また泉が溢れてきてるっ! 私は自分を疑った。先輩の安否を心配するより、自らの快楽へとあっさり傾いたこの身体を呪った。

「あれぇえ、おねぇさん一人なのぉ?」

「なんかすごく淋しそうだけど、俺達と一緒に飲まないか?」

 かなり酔っぱらった感じの、顔はまあまあ整っている四十路のオジサンと、その面倒を見ている感じのこれまたイケてるカジュアルなおじ様。お二人とも背は平均以上で、スタイルも良い。私がクダを撒いているのを見兼ねて、声を掛けてくれたようだ。

「ああ、でも……」

 正直心は揺れていた。身体も更に熱を帯びていた。


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