喩えその時が来たとしても
 
「さぁ、これからが正念場だ」

 勢いで昼の約束を取り付けた俺は、その時までに昨日の説明(釈明)を考えなければならない。それにそれだけではなく、馬場めぐみへのアプローチも行わなければならないだろう。こんな時でなけりゃ、一生言い出すチャンスなど巡って来ない。告白するなら今だ。謝罪して、告白する。順序としては逆もまた有りだ。どんなに俺が彼女の事を思っていたかをトウトウと説いた後で、だからこそヘタレてしまったと謝罪する。いや、これは些か卑怯ではないか? そんな予防線を張った後に謝罪されては彼女としても受け入れざるを得ない。そんな結果の解り切った出来レースに一体何の意味が有るだろう。まずは心からの謝罪だ。アプローチはそれからだ。

 癪には障るが佐藤に彼女の面倒を見て貰う事にする。午前中二人が一緒に行動している間に、一番良い求愛のセリフと納得の行く状況説明を考えるのだ。

 あれこれ考えている内に、佐藤と連れ立って現場に向かう馬場めぐみが視界に入った。なにかそわそわと、心此処に在らずな素振りに見えたのは気のせいだろう。彼女が俺と一緒じゃないから寂しいとか、俺と一緒でなければ嫌だとか思ってるなんて、余程自分に自信が無ければ言えない。俺と離れたからといって、彼女がダメージを受けるとは考えにくい。何故なら俺と彼女は只の先輩後輩でしかないのだから。

「ええとこに居ったな」

 衛生設備の職人、楠木さんだ。いつも柔和な笑顔を浮かべているナイスミドルの彼が表情を曇らせている。

「どうかしましたか?」

「どうもこうもあらへんわ。工具を一切合切やられっしもうてん」

「えええっ?」

 道具の盗難は、昨今のこの世知辛い状況下では良く有る話だ。賊は夜間に現場へ侵入し、道具を盗み出す。盗んだ道具はドロボウ市や中古屋などに横流しして現金化される。儲けは二束三文にしかならない筈だが、その被害は後を絶たない。

「他に盗られた業者さんは?」

「電気屋さんもドリルをヤられた言うとった。でも荒らされたんは一部だけやったらしいわ。多分途中でなんしか有ったんやろな」

 電気屋の道具部屋は入り口近くだけが荒らされていて、奥に有った充電ドライバーなどの値が張る電動工具は無事だったそうだ。物色途中に物音でも聞いて、慌てて逃げ出したんだろう。しかしこうしては居られない、所轄の警察に通報しなければ。

「すいませんけど、鈴木電気さんと一緒に事務所に来て貰ってもよろしいですか?」

 俺は楠木さんと一緒に事務所へと戻った。


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