喩えその時が来たとしても
 
「馬場めぐみは何処だ……」

 鈴木さんから心のモヤモヤを払拭して貰った俺は、意気揚々と彼女を探していた。しかし中々彼女は現れない。職人達に聞いても、朝の内にしか見ていないという。

「どこに行ったんだ、そうだ、マウンテンバイク!」

 案の定、真っ赤なチャリンコは姿を消していた。俺はすぐさま事務所に駆け上がった。

「馬場は……馬場めぐみは?!」

「血相変えてどうした岡崎さん。馬場さんだったらお遣いを頼まれて貰ったよ」

 高橋所長がこまごました文房具を買いに行かせたらしい。まあ昼までには帰ってくるだろう。いや、昼が明けたらか。

 彼女が居ない事で余計なプレッシャーも無くなった俺は、仕事をこなしながら考えをまとめる事が出来る。そして今度はその考えを言葉にして彼女に伝えよう。馬場めぐみの気持ちもそうだ。彼女の口から言葉として聞き出そう。

 そうすれば……そうするだけで……俺と馬場めぐみは晴れて完全なる両思いとなる。二人は恋人として付き合えるのだ!

 こんなにもうまく事が運んでいいものだろうか。本当だったら努力して好みの男に変身し、馬場めぐみの気を引いてから、猛アタックにつぐ猛アタックで、それからやっと交際にこぎ着けるのではないか? いやそこで断られてしまったら、それまでの努力は全て水の泡なのだ。

 そう考えると少し目眩がしたが、これも俺の持っている力の成せる技かと都合良く解釈する事にする。しかし……いつから俺はこうだったんだろう。小さい頃から周りにラッキーをもたらすようなキャラだった、という記憶はない。でも金運やギャンブル運は良かった。無くした財布も必ず返ってきたし、病気や事故や怪我に見舞われ、仕事が出来なくなって困窮する事はなかった。座ったパチンコ台では3回に2回平均でドル箱の山を築いていたので、収支がマイナスになった事もなかった。少なくともこの仕事を始めるまでは……。だが何故か、この会社に入ってからというもの、全くそういうラックというラックからは遥か遠ざかってしまっていた。

「会社に入って運気が変わっちまったんだろうな」

 と、そう納得せざるを得なかった。

「つまり、全くの他力本願では……運を天に任せているだけでは、思いが成就しない可能性もあるという事だ」

 ここまでは両思いだったかも知れないが、ここから先はどうなるか解らない。努力して、自らが最良の方向へ導かなければ、折角のチャンスを逃す事にもなり兼ねないのだ。


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