二次創作ドラゴンクエスト~深海の楽園~
第2章~旅の始まり~

4.洞窟での戦い


「なんだ……なんなんだよ、お前は!?」

グレイは恐怖のあまり、剣を抜くことさえできなかった。シルエットを見て分かるのは、間違いなく人間ではなく魔物であるということである。魔物の頭からは二本の角が生えており、翼らしきものが背中から生えているのが分かる。更に魔物は巨大な鎌のような物を手にし、その大きさは魔物の体格ほどあった。

『私はべレスという者だ。見ての通り、私は人間ではない。とある理由から邪悪大海神様に従え、大海神様の命によりここに来た。』

「邪悪大海神…?」

「レド、聞いたことがあるのか?」

『ほう?貴様がレドというのか…なるほど、予言にあった通りの姿をしておるわ。』

「予言だと?何を言ってる!」

「グレイ、ここは俺に任せて、村長を担いで村まで戻ってくれ。」

「えっ…お前はどうするんだよ…?」

「いいから早くしろ!!」

グレイはレドの気迫に押され、頷くと村長を背中に背負って洞窟を出て行った。その間、魔物は微動だにせずにただ立っていた。レドには、ずっとこちらを見つめられていたような、そんな気がしていた。

「貴様…なぜ村長を…」

魔物は一歩ずつ歩み寄りながら口を開いた。

『あの老人はお前に話していなかったのか?お前が存在する本当の理由……お前の両親に関する重大な秘密を。』

歩み寄ったべレスは翡翠の光に照らされてその姿を晒しだした。見た目はまさに悪魔そのものであり、胸から腹にかけて青緑色の体色をしていた。肌は黒く、尻の辺りからは細く長い尾が不気味に垂れていた。

「父さんと母さんの秘密だと…?」

『秘密は貴様の母親、ミレナの方にある。彼女はこの村で漁師の家系として生まれた者ではない。この世界の海を支配するために生まれた、三大界女神の一人だ。』

「なっ…なんだって!?」

べレスは驚くレドの周りをゆっくりまわりながら話を続けた。

『正確にはその女神の血を引いた者ということだ。お前の母親は二十年も前にこの地を訪れ、魔物の大群に襲われたところを漁師であったお前の父親に助けられてめでたく結婚、契りを結びお前を産んだ。』

まるで全てを知っているかのような口振りで話すべレス。レドはただ黙って、魔物の話を聞くほかなかった。村長にも両親にも、この話は一度もされなかったから当然だろう。たしかに母は父よりも歳上であった。成人式を迎えた父は、式を終えたそのすぐ後に母と結婚したのだ。

『魔界の予言によれば何千年に一度だけ、我ら魔族を脅かす聖なる存在が生まれ、その子孫が世界を安定に保ち、邪悪な存在を滅ぼすと言われていた。子孫は全てで四人…そのうちの一人がお前だ、レド。』

「俺が…聖なる存在…?」

『三人の女神はそれぞれ三つの邪悪な存在と釣り合っていたため世界のバランスは保たれていた。しかし我ら魔族の支配をより強力にするため、あのお方は最終手段として自らを………ふっ、これ以上話すと頭が混乱するかな?要するに我らにとってお前が存在していては非常に都合が悪いのだよ。だからここでお前には……消えてもらうぞ!!』

そう言うとべレスは不意にレドの正面に飛び込み、自分の体格ほどもある大きな鎌を降り下ろした。咄嗟にレドは横にステップして回避したが、たて続けにべレスは右手を突きだし、手のひらから炎の弾を発射した。

レドは背中に背負った槍を構えて、放たれた弾を凪ぎはらって弾いた。弾かれた炎の弾は岩肌に当たり、その部分だけ赤く熱されていた。

『我ら魔界の魔族は呪文も使えるのだよ!』

「火の弾…!?くそっ…呪文も使われちゃ勝算も薄れてくるぞ…。」

『その褐色に焼けた肌を黒焦げにしてやろう!』

そう言うとべレスは翼をばたつかせて飛び上がり、空中で大きく息を吸い込むと一気に吹き出した。息は真っ直ぐレドに向かって吹き始め、次第に熱を帯びた火炎の息へと変わった。

「うわっ!?」

レドは息をかわして近くの岩に隠れて息を潜めた。魔物が地上に降りてこない以上、レドに勝ち目はない。

『フハハハ!どうした?隠れてないで出て来たらどうだ?』

べレスは火の弾を、レドが隠れている岩の真上の岩肌に当てて挑発する。レドの真上からは、熱で熱された小石が幾つも崩れ落ちてくる。レドは上から降ってくる熱された小石に耐えながらも、岩影に隠れながらべレスの周りを確認した。

〔あれだ!上手くいけば隙ができる!〕

『おやおや、どうやら怖くて腰が抜けてしまったみたいだ。ふん、女神の子孫と言えども大したことはなかったな。これで片付けてやる!』

べレスは手のひらから先ほどまで放っていた火の弾より何倍も大きな火炎の弾を生み出し、掛け声と共にレドが隠れている岩に向かって放った。その瞬間を狙って、レドは槍をべレス目掛けて勢いよく投げつけた。

「はぁぁっ!!」

『何!?』

しかし槍はギリギリでべレスの頭上を通過して、岩に刺さった。その間火炎の弾は、レドが隠れていた岩に直撃して粉々にした後だった。

『フハハハ!女神の子孫を倒したぞ!!』

べレスが歓声を上げた次の瞬間、いきなり背中を強く打たれたような衝撃が身体を襲い、そのまま下に勢いよく落下した。

『なっ、何だと!?………これは!鍾乳石か!?』

べレスは後ろを確認すると、背中にはずっしりと重い鍾乳石が乗っかっていた。先ほどレドが投げた槍は当てるために投げたものではなく、鍾乳石の細い部分に当てるためのものだったのだ。

『くっ…!余計な真似をしよって…!』

べレスが鍾乳石を退かせて鎌を手にし起き上がった時、目の前には槍を構えてこちらへ向かって走るレドの姿があった。

「喰らえっ!」

槍はべレスの腹部目掛けて突き出された。咄嗟に回避しようと横に避けたが、槍はべレスの右翼の中心を貫いてそのまま下に降り下ろされた。

『グギャッ!!』

改めてお互いに武器を構えて攻撃の様子を伺う。べレスの右翼からは、紫の毒々しい血液が流れていた。

「片方の翼がその様では、無理して飛ばない方がいいぞ。」

『きっ……貴様ぁ…!』

べレスは怒りで目が充血し、額からは血管が浮き出ていた。

『俺の翼に傷を付けやがって……後悔しやがれぇぇっ!!』

べレスは手のひらから炎の弾を連続で放った。レドはその一つ一つをしっかり槍で受けて弾き飛ばす。放たれた最後の弾を弾いたとき、レドの目の前に現れたべレスは鎌を降り下ろした。レドは槍で受けるが、べレスはその間に腹部に蹴りを入れて攻撃した。

「ぐあっ…!」

レドの腹部には、べレスが蹴った時に食い込んだ爪の傷が三つ付いていた。

『フハハハ!相手は魔物だぞ、忘れたのか!?』

再びべレスは鎌を降り下ろして攻撃を仕掛ける。レドはその攻撃を槍で受けてはいるが、腹部に出来たばかりの傷が疼いて反撃が出来ず、受けているのが精一杯だった。


『ここまでのようだな…死ね!!』

べレスが蹴りを入れようと足を引いたその時、レドは勢いよくべレスの腹部に右手を当てて声を張り上げた。その瞬間、レドの手のひらから黄色く輝く光の弾が発生し、べレスの腹部で勢いよく弾き出した。弾いた勢いでべレスの身体は後ろに飛んで、その場で倒れた。

『ばっ……バカな…呪文…だ…と……!?』

仰向けに倒れたべレスの腹部には、まるで雷でも打たれたかのような焦げあとがくっきりと残されており、身体は痙攣していて動かなかった。

「俺にも…呪文が使えたのか…?」

『バカな…!人間ごときが……呪文…だと…?』

レドは仰向けに倒れたべレスに近寄り、首もとに槍を突き付けて身構えた。

「お前が知っている事実を全て話せ!」

べレスは自分が危機的状況であるにも関わらず、不適にも笑って見せた。レドは背中が一瞬凍るような思いをしたが、構わず矛先を首に押し付けた。

『おっ…俺を倒したところで…もう遅い…。今頃…他の仲間がお前の村を…おっ…襲っているはずだ…。村の人間は……一人残らず皆殺しよ…フハハハ…!』

「なっ、何だと!?」

レドは槍を背中に背負い、べレスをその場に残して急いで洞窟を抜けた。

砂浜を走っていると、目の前に何ヵ所か飛び散った血痕と見覚えのある剣が無造作に放り投げてあるのが見えた。

「この剣はスネークソード!?じゃあグレイと村長は……くそっ!」

レドは歯を食い縛り、スネークソードを手にして村へと戻った。普段歩き馴れている道が、この時だけは走っても長く感じるのは、最悪の結末に対する恐怖心からなのだろうか。

「あの煙は…間違いない、村からだ!」

山道から見えた黒い煙は間違いなく村のある方角から立ち上っていた。レドは渾身の力を振り絞って全速力で走り出した。そして村の門出にたどり着いた時、レドは目に写った光景に言葉を失った。

「こっ……これは…。」









そこは火の海だった。村の民家や周りの木々は炎に包まれ、バチバチと燃える音だけが聞こえていた。近付くだけで肌が焼けるような感覚を覚えたが、飛び散る火の粉を振り払って村の中に入って行った。

「くそっ…!ミディア~!ミディアいないのか~!?」

村の中をくまなく探したが、ミディアはおろか人ひとりいなかった。もしかしたら魔物が襲撃してきた時に、村の外れにある大きな離れに逃げたのかもしれない。あそこなら食料も水も問題なく調達できる。急いでレドは離れに向かって走り出した。足元を見ると、やはりそうだ。村人全員で離れに向かったと思われる大量の足跡が残っている。

「よかった、皆やっぱりここに逃げて来たんだ!お~い、みん……な……。」

レドは離れについたが、そこはまさに村人全員が辿った、悪夢のような光景であった。村の男たちは皆、武器を手にしてうつ伏せや仰向けになって倒れていた。胸や首からは血を流し、中には腕や足がない者、全身黒焦げになっている者もいた。女性にもそれは言えた事であるが、ほとんどは惨たらしく全裸で涙を流しながら死んでいた者が多かった。おそらく抵抗したが魔物に羽交い締めにされ、女として辱しめを受けた挙げ句に殺されたのだろう。様々な色の体液が、強烈な悪臭を漂わせていた。

「こんな……酷すぎる……。」

レドは怒りを飛び越えて絶望が身体を襲い、その場に立ちすくむ事しかできなかった。恐怖のあまり涙を流したのも、これが始めてのことである。離れの中を見るのも気が引けたが、心を鬼にし一歩一歩離れへと近付き、その扉を勢いよく開けた。

「……くそっ…みんな……。」

離れの中も外と大差ないが、こちらは飛び散った血や魔物の体液が壁や天井にまで広がっており、村人が襲われた時の凄惨さを物語っていた。

「俺がべレスをもっと早く倒していればこんな事には……。」

悔しさと怒りがこみ上げ、レドはその場に膝を落とした。まるで赤ん坊が泣き出すような声を上げながら、大粒の涙を流す。ふと目線を目の前の床に移すと、見覚えのある布切れを見つけた。

「これは……」

レドは涙を拭ってその布切れを拾い上げると、まるで稲妻が頭を走ったような衝撃を受けた。赤に白の斑点が入ったこの布切れは、ミディアがいつも髪を束ねるのにしていたリボンの切れ端だ。

「ミディア………ミディア!」

レドはすぐ立ち上がり、離れの中でミディアを探した。魔物に殺されているかもしれないが、せめて亡骸だけでも探したかった。しかしどこを探しても、ミディアを見つける事は出来なかった。改めて村に戻り、燃え盛る火の中に飛び込んで民家を捜索してみた。自分の家はもちろん、村長の家や漁師達の集まる長屋にも行ったが、やはりミディアの姿はなかった。


「ミディア…一体どこにいるんだ…」

最後にベネーラの家に入ってみたが、この家だけは火による損傷があまり酷くない。ベネーラの家も村長の家並みに長く広かったが、この家は木製の部分と石造りの部分の二つで建築されていて、石の部分が熱を持っているだけで済んでいた。
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