下町退魔師の日常
 あたしがギリギリと歯噛みしていると、シゲさんが大声で笑った。


「ま、頑張れよマツコぉ!」


 飲んでる場合じゃない!
 つか、シゲさんがみんなを説得すれば・・・。
 って・・・もう、鼻の頭が赤くなってる。


「マツコさん」


 がっくりと項垂れるあたしに、タカシくんが声をかけてきた。


「僕達、せめて邪魔にならないようにしてます。それにノリカちゃんは帰って来たばかりなんですよ。だから出て行けなんて言わないで下さいね?」
「ま、出ていけなんて言われたところでシカトするだけだけどねー」


 また、二人して笑って。
 あんたらどんだけ仲良しになってるのよ。
 そんなこんなで、一世一代のあたしのお願いは、見事に玉砕した。
 番台に頬杖ついてブスっとしながら、また騒ぎ出したみんなを見つめていると、詩織ちゃんがあたしの横に立った。
 幹久の手を引いて。


「マツコさん」
「なぁに、詩織ちゃん」


 詩織ちゃんは、頬杖ついていたあたしの手を取ると、そっと自分のお腹に当てた。


「あたしもこの子も、幹久の事をもう、お父さんだって認めてます。生まれて来る命を、この子の未来を守ろうとした立派な父親だと」


 詩織ちゃんのお腹はまだ、全然大きくなってはいないけれど。
 そこに確かに感じる、新しい命。
 これから生まれてくる命。
 この子の未来も、守ってあげなくちゃ・・・。
 そう思ったら、不覚にも、目頭が少しだけ熱くなる。


「詩織ちゃん・・・あたし・・・」
「そして、マツコさんにも、本当に感謝してるんです。今、戦うのを決意してくれた事を」


 大義名分。
 も、どうでもよくなってきた。
 何でもいい、みんなが、そしてこの子たちが笑顔になるなら。
 それだけでいい。


「まっちゃん」


 幹久が、ニヤリと笑って。


「いい女だろ、ウチの嫁は」


 つられて、あたしも笑う。


「分かってます。昔からそればっかだもん、幹久は」


 いつの間にか店の外にまでレジャーシートが敷かれて、まるで決起集会さながら、大宴会が始まっている。
 老若男女、入り交じり。
 最近なかった光景だなぁ。
 若い人達と年配の人達、お互いの意見が合わなくてギクシャクしてたから。


「松蔵がな、生きてる時にこう言ったんだよ」


 いつの間にかシゲさんも、番台に寄りかかって立っていて。


「退魔師はな、ただ魔物退治してるんじゃねえ、自分以外の誰かの為に戦ってるんだ、ってな。そして、俺はそんな退魔師と一緒になれて良かった、ってなぁ」


 じいちゃんも、この町の外から松の湯に婿に来たんだもんね。
 そっかぁ、婿にきて良かったのか。


「だからよ」


 シゲさんは、あたしと久遠くんを交互に見つめてイタズラっぽく笑う。


「鬼姫なんてさっさと片付けて、久遠、お前は松の湯の婿になれ」
「シゲさん!」


 あたしが怒鳴ると、シゲさんは軽く手を上げて宴会の中に紛れ込んでいった。
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