下町退魔師の日常
「えぇとですね、当店はもう営業終わってまして・・・あの、だからですね」


 ええい。
 普段敬語なんて使ったことないから、ここぞという時にしどろもどろになってしまう。
 だって町の人達みぃんな顔見知りなんだから、堅苦しい敬語使う必要がないのよ。
 でも、この人には使わなきゃ。
 だってこの人――この町で見た事がない。
 こんな言い方好きじゃないけど、この人は他所者だ。
 少なくとも、この下町の住人ではない。
 前髪で目が隠れているせいか、その表情は伺えない。
 だけど、感情のない口元。
 無表情。


「それとですね! 営業時間はいいとしても、あんたが行こうとしてるのは女湯! それと、もしお風呂に入りたいなら料金、先払いだから!」


 ほぉら。
 敬語使わないと、言いたい事がスラスラ言えるのね。


「だから男湯はあっち・・・」


 って言おうとしたんだけど。
 心持ち顎を上げてそいつがこっちを見据えた時に、自信がなくなってしまった。
 はらりと流れた前髪の隙間から見えたその顔が、凄く、すごぉく綺麗だったから。


「男湯・・・で、いいんですよね?」


 まさか女性?
 見れば見るほど、どっちなのか分からん。
 うーむ、どっちだ?


「・・・たいんだよ」


 少し俯くと、そいつは言った。
 あまりにか細い声で、よく聞こえなかった。
 だけど、声は男性っぽい。
 ここに来てもまだ確信が持てないくらい、ホント、中性的な顔立ちね。


「にゃ」


 感心してそいつに見とれていると、ふと、サスケが短く鳴いた。
 あたしは、はっとする。
 Tシャツの袖は手の平が隠れるくらい長かったから、気付かなかった。
 その一瞬で、あたしの顔が険しくなる。
 そいつは、右手に鈍く光るものを持っていた。
 鋭く尖った切っ先が休憩室の電灯に反射して、キラリと光った。
 こいつ!
 ナイフ持ってる!!
 そして、今度はちゃんと顔を上げて、真っ直ぐにこっちを見つめながら言ったのだ。
 それも、聞こえるように、ハッキリと。









「血が・・・見てェんだよ」
< 14 / 163 >

この作品をシェア

pagetop