下町退魔師の日常
~第一章~【オトコがいる日常】
【第一章】
~オトコがいる日常~




「血が・・・見てェんだよ」



 確かに言った。
 目の前の、やたらと線の細い、美人なイケメンが。
 聞き間違いじゃない、でも信じたくなかった。
 つか、脳ミソの中で聞いた言葉とその言葉の示す意味が繋がらない。
 日本語って、必ずしも言葉どおりの意味じゃないもんねぇ。
 イケメンは、変わらずに能面のように無表情で、あたしの方を向いている。
 たっぷり5秒間、二人してそのまま動かなかった。


「・・・はい?」


 そして、やっと口をついて出た言葉がこれだった。
 我ながらもっと気の利いた質問はないのか、と、心の中でツッコミを入れる。


「あ~気持ち良かった~!」


 そんな声が聞こえて、脱衣所の磨りガラスに人影が見えた。
 そこで初めて、あたしの思考が正常に戻る。


「出て来ちゃダメ!」


 かなり切羽詰って、あたしはノリカちゃんに叫んだ。
 曲がりなりにもナイフを持った知らない男が、この松の湯に乱入しているのだ。
 お客さんに怪我させる訳には行かない!


「え~? 何、マツコちゃん?」


 あ~もう!
 こんな時にも下町の余裕出さなくていいから!
 平和ボケしてないで、あたしがこれだけ真剣に出て来るなって言ってるんだから、真剣に受け止めてよ!
 そんな事を考えている一秒の間に、ノリカちゃんは脱衣所の扉を押し開けようとした。
 イケメンの手が、ピクリと動く。


「・・・っ!!」


 頭で考えるよりも、身体が先に動いていた。
 脱衣所から、ノリカちゃんがピンクのジャージ姿で出て来る。
 イケメンは、ゆっくりとノリカちゃんを見据えた。


「ノリカちゃん!!」


 イケメンがナイフを振り上げるのが、やたらとスローモーションに見えた。
 それよりもあたしの動きが速かったから。
 陸上の走り幅跳び選手並みにジャンプして、ノリカちゃんが顔を出している脱衣所の扉とイケメンの間に割って入る。
 そして、ナイフを持っている右手首を掴んだ。


「きゃっ!」


 小さく叫んで、ノリカちゃんは慌てた様子で脱衣所の扉を閉めた。
 そうよ、分かってくれたよね、今のこの状況。
 危ないから下がって――。


「ちょっとマツコちゃん、誰かいるなら言ってよ! スッピン見られちゃったじゃない!!」
「・・・・・・・」


 そっ・・・そこですか???
 まぁいい、イケメンにスッピン見られたくなかったらそのままそこでじっとしていて!
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