下町退魔師の日常
~エンディング~【下町退魔師の日常】
【エンディング】
~下町退魔師の日常~




「よしっ!」


 “ゆ”と書かれたノスタルジックな暖簾を見上げ、あたしは軽く気合を入れた。
 もう半袖じゃ、少しだけ肌寒い。
 今日は特に、北風が冷たい。
 もう、薄手の長袖Tシャツ一枚じゃ過ごせないな。
 もう一枚、上着を羽織らないと。
 自分で自分を抱えるようにして身を縮めたあたしの肩に、何かがふわりと掛けられた。
 振り向くと、そこには久遠くんが立っている。


「あ、お帰り久遠くん!」


 満面の笑みを浮かべて、あたしは言った。


「ただいま。もう寒くなったんだから、外に出る時くらい何か着ろよ」


 見ると、あたしの肩に掛けられたのは、新品のカーディガンだった。


「どうしたの、これ?」
「マツコに似合いそうなの見付けたからさ、買って来た」


 あたしと同じく満面の笑みを浮かべる久遠くん。
 でも逆に、あたしの笑顔が固まる。


「最近さぁ、商店街に買い物に行くたびに、何か余計なもの買って来るよね、久遠くん」
「いいだろ。服屋の奥さん、快く値引きしてくれたんだし」
「いくら値引きされてもねぇ、こういうのを無駄遣いって言うんです」
「よぉく似合ってるな。思った通りだ」
「話をはぐらかさないで」
「あーあー、開店早々店先でイチャイチャしてくれちゃってぇ。見てらんないっていうのよ。ねぇタカシ?」


 そんな声が聞こえ、あたし達は慌てて離れた。


「お、おはよーノリカちゃん、タカシくん。今日もこれから仲良く二人でご出勤?」
「そうよん。仲の良さじゃうちらも負けてないからねー」


 いやそこ、別に張り合って欲しい訳じゃないんですけど。
 苦笑しながらも、あたし達はみんなで松の湯に入る。


「いい加減、風呂付きのアパートに引っ越さねぇのか、タカシ?」


 久遠くんが、そうタカシくんに話し掛ける。
 近くにいたから、その後のヒソヒソ声もしっかりと聞こえたんですけど。


「そしたらお前、ノリカちゃんと一緒に風呂入れるだろ?」


 コホン、と、あたしは咳払いを一つ。


「曲がりなりにもこの松の湯の人間が営業妨害ですか、久遠くん?」


 あからさまにギクッとする久遠くん。
 タカシくんは、苦笑して。


「まぁ・・・引っ越せない事もないんですけど・・・何か今のアパート、居心地が良くて。僕もノリカも、今のところこのままでいいかなって思ってます。お風呂は・・・この松の湯がありますから」


 そんなタカシくんは、来月から老舗の割烹で本格的に板前の修行を始めるそうだ。
 居酒屋のアルバイトをしているうちに、大学進学よりも板前の道に進みたいと思ったんだって。
 今まで頑張って勉強してきたんだから、少しだけ勿体無いと思ったけど。
 ノリカちゃんには内緒でと、こっそり教えてくれた。


「僕が板前としてやっていけると思ったら、彼女に正式に、プロポーズするつもりです」


 もう、そう言う事なら。
 諸手を挙げて賛成だよ。
 結婚式には呼んでくれるって約束もしてくれたし。
 何だか、凄く楽しみ!


「マツコぉ、いるかぁー?」


 うー寒い、と入って来たのは、シゲさんだ。
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