召しませヒメの甘い蜜

「姫野さん、落ち着いて。

大丈夫ですよ、そんなに慌てられなくても」

神野は優しく彼女に声をかける。

「す、すいません!

手が滑ってしまいました。

って、あっ、痛っ……」

「おっと、危ない」

身をすくめるように手を庇った彼女の手から、再びこぼれ落ちそうになったボールを受け取った。

(怪我か……)

「ちょっと失礼しますよ」

神野はボールをカウンターに置くと、今度は彼女の手の傷を確認するため、その白く華奢な手に手を伸ばした。

「こりゃ酷いな」

見ると、彼女の指先には無数の包丁傷があった。

爪もところどころが切り落とされている。

ポテトサラダの下味に使ったレモンが、彼女のこの傷を刺激したに違いない。


「そ、そんなに見ないでください。

恥かしいです」


真っ赤になって俯いた彼女は、どうやら料理初心者に違いない。
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