こちら元町診療所
『原田、まだやってくのか?……ってあぁ、月末か。』


夕方5時、定時になるとみんな凄まじい早さで帰る為、香織ちゃんなんてもういなかった


「はい、プリンタで印刷したら帰りますから。」


『そうか、戸締まり宜しくな。無理するなよ。』


部長に挨拶をしながら、プリンタに用紙をセットし、3月分の仮レセプトを印刷し始めた。


863件か……


早く印刷して帰ろう。


マウスをクリックすると同時に、私のお腹が盛大な音をたてて誰もいない部屋に響く


さすがに朝からろくなもの食べてなかったから帰ったら何か作ろう


そう思いデスクから離れて立ち上がった瞬間、目の前が回り私は床にそのまま座り込む


ヤバ……食べてない上に貧血って


立ち上がろうにも目眩が酷くてどんどん視界が暗くなる


ガラッ



『もう誰もいないか……って靖子!?』


あぁ、この声を今日は聞きたくなかったのに今は誰かが来てくれてちょっとほっとしてる


彼の手が私の倒れかかった体を支えておでこにひんやりとした手が触れる


『熱は……ないな。』


「貧血……よくあるから平気。」


低血圧なのは本当だし貧血なんて慣れたもの。


『自慢なんて聞きたくない』


私を支える手が一気に強くなるかと思えば、体が宙に浮いた。



「ちょっ……何して。」


『煩い、黙って。』


「……」


不覚にもあっさり抱き上げられた私は、いつもの抵抗力もなくその腕の中でも大人しく抱かれる


怒ってる……


顔を見なくても何となく分かる。初めて聞いた声のトーンだから。


何故だか泣きそうになるのは何故?


乱暴なのに揺れないように歩く彼は、隣の部屋の処置室のベッドに私を寝かせると薄い布団をかけた。




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