社宅アフェクション
「ヤバいぞ。ノーアウト満塁だ」


京子がそう言った。


「もっとマズいよ!次、正ちゃんだよ、バッター!トノ、大丈夫かな……」


直人の言葉に、私はバットを持っている人をよく見た。川崎正吾とかいう強い人だった。


「ねぇ、直人。もしここで、その正ちゃんっていう人に打たれたらどうなるの?」


勝彦たちが追いつめられることだけは、なんとなくわかったけど……


「ホームラン打たれたら、一気に4点とられちゃうんだ。ヒット打たれたら、2点はとられるかな…なるべく低い点数で抑えるなら、正ちゃんをアウトに、つまり、打たれてもキャッチすることが大事なんだ」


打たれても捕れれば…


その言葉を頭に思い浮かべながら、試合に目を向けた。
遠野くんの投げるボールに、川崎正吾は反応しない。このままなら、打たれないかも……


でも3球目。キンッ、という金属音ともに、ボールは勢いよく、高く遠くに飛んだ。
そして、勝彦のほうに向かっていく。


勝彦が走る。あんなに足が速いとは思わなかった。ただボールだけを見ている。
目の前には壁が迫っていて───

「ちょっ、本荘の前……」
「あのままじゃぶつかるって!!」
「勝彦くん、止まってぇぇぇ~っ!!!!」


3人はそう叫んでいるけど…勝彦なら…


「勝彦~っ!!!!絶対捕れぇぇぇ~っ!!!!!!」


あいつなら捕る。川崎正吾をアウトにできる。
野球は見てなかったけど、野球やってきた勝彦のことは見てたから、分かる。


バックスタンドに当たった勝彦がボールを投げ返した時、喜びや安堵の気持ちより、高揚感が私の中にあった。
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