Sweet Rain
「いらっしゃい」

このバーを一番初めに見つけたのは弟だった。

このバーは僕の家からも通える距離だったので、今の家に引っ越した翌日、弟が僕の会社帰りを待つ間このバーで時間つぶしていたのだ。

「久しぶり」

「どうも」

ぎこちない返事をする。
実際、マスターと仲のいいのは弟のほうで、僕は弟を介してマスターと話しをするほうが多かった。

そのことにバ-のドアをくぐった瞬間気がついた。

「一人? めずらしいね」

「いえ、弟と待ち合わせでして」

「あぁ、そういうことか」

「で、なんにする?」

「あっ…ええっと…とりあえずビールを」

「あいよ」

どうぞ、と小さく呟きながらビールを差し出され一口、飲み干した。

「ふぅ」

一息漏らすと、店内の静けさが目についた。

薄明かりのオレンジが静かな店内をいっそうにそうさせていた。

陰鬱にもとれるし、安寧にもとれる店内の雰囲気作りはマスターが好んでそうしたのだと、以前弟から聞いたことがある。

「弟さん、元気?」

マスターの素性を知るものは実のところほとんどいないと言ってもいい。

弟も知らないらしい。僕はもちろんだが。

元々はどこかの暴力団系の組に所属していただとか、警視庁で腕を振るったやり手の刑事だったという噂もあった。

まあ、あくまで噂は噂、だが。
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