蝶々、ひらり。


 十八日は土曜日で、俺は部活の指導を他の先生に頼んだ。
少し肌寒いその日、薄い上着を羽織って駅に向かう。

はやる胸を押さえ、心臓が止まりそうなほどの緊張を呑みこんで。

信号待ちの途中で、ポケットに別れ際のハンカチが入っているのを確認する。


有紀に謝まることができるだろうか。
あの日、彼女の気持ちを考えずに自分の気持ちを優先させてしまった事を。

あの時俺がやるべき事は、きっと彼女を抱くことではなかった。

突然に羽をもぎ取られた蝶は、飛ぶこともできずきっと苦しかったろう。
俺という籠の中は、決して快適な空間ではなかったはずだ。


駅に着いたのは、十時四十分。
二十分の時間は、俺を尻込みさせるのに十分な程の時間だった。

何度も立ち去ろうかと足を出口に向け、それでは駄目だとまた戻る。
そんなことを五回ほど繰り返した。


そのうちに駅のアナウンスが流れる。

滑り込んでくる電車。
改札をくぐりぬけてくる親子連れやサラリーマン。
そして最後に有紀が現れた。


一言で言えば垢抜けていた。

長かった髪は肩のあたりまでになっていて、彼女の鎖骨を撫でるように揺れる。
少し染めたのかあの頃と違う薄茶色の髪は、彼女を大人っぽく見せていて。
そこにいたのは、いつまでも野暮ったい俺とは違う都会の洗練された女性だった。

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