瞳が映す景色

②ー9・良薬口に苦し

―――――――――――――――――――――
②ー9・良薬口に苦し
―――――――――――――――――――――




厨房から漂ってくるのは、香草がほんのり、あとは良質な鶏がローストされる匂い。


仕込みを含めると一週間前からお店全体が騒がしく、従業員一同が必死で肉を捌き、パーティーっぽいお惣菜を作り続けていた。


今日はチキンがメインだけど、終わったら、暫しの休養ののち、おせち料理の仕込みへと変わるクリスマス。


「お兄ちゃん。こっち区切りいいから店頭変わってくる」


「おう。佳奈に休憩入らせてやれ」


昨日今日は、店頭でもチキンを特別に販売していて、佳奈ちゃんも期間中はお店を手伝っている。あたしの休憩なんか言わなきゃ忘れてるくせに、自分の妻にだけは特別らしく。


「佳奈ちゃん」


「あっ、小町ちゃん」


追加のチキンと一緒に佳奈ちゃんのところに赴くと、商品の並ぶ場所には既に空間がいくつかあった。


「やっぱりクリスマスは違うね。飛ぶように売れる。気持ちいい」


「だねー。しかも今年のは、例年に増して美味しそうじゃない?」


「だよね。お兄ちゃん。これなら通販もいけるなって画策し出してる」


兄は忙しいながらも機嫌がとても良く、脳ミソも回転率がいいらしい。三ヶ月前に新しくしたスチームコンベンションが使いやすく、仕上がりも上出来なのだ。あたしには絶対に触らせてくれないけど、設定も楽で尚良しみたい。


「休憩どうぞ、佳奈ちゃん」


「ありがと。――じゃあ、波が落ち着いたら」


道ゆく人に換気扇から美味しい匂いをちらつかせると、順調な客足で売れていく。多少お値段は張るけど、クリスマス効果って凄いと毎年感じる。


一段落ついて佳奈ちゃんを見送ったすぐあと、見知った顔が遠くに見てとれた。

< 323 / 408 >

この作品をシェア

pagetop