潮にのってきた彼女
「あたし、野球好きなんだ!」


意識より先に左肩の神経が反応する。
ずくん。
夏帆は、俺と野球の関係を知らない。


「それで、今度この島に、どこかの有名な高校の野球部が合宿に来るらしいの。しかもこの近くに」


まさか、と一瞬嫌な考えが胸をよぎる。
いや、それはない。俺の通ってた高校じゃ、合宿は本土の限られた範囲の中に決まっていたはずだ。


「入江高校、野球部ないからさあ。楽しみなんだ。七海誘って観に行こうかなーと思ってるの。七海はサッカー派らしいんだけど」


楽しそうに話す夏帆に返事をするか、また別の話題を探そうかと頭では必死に考えていたのに、口から出てくるのは「へえ」とか「ふーん」というおもしろくない相づちだった。

あまりにも衝撃を受けていた。


スポーツを観に行くというのに夏帆が自分を誘うようなそぶりをひとつも示さなかったことに俺が気がついたのは、ずっと後になってからのことだった。
ずっと、後になってから。





そんな中、どうにか夏帆を家まで送り届けた。

時間はそれほど遅いというわけでもなかったが、砂浜へ、あの洞くつへ行こうとは思わなかった。
野球のことで頭がいっぱいだった。


物事の優先順位というのは、極限的な時にならなければわからないものなのだ。
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