潮にのってきた彼女
「ただひとつわたしが悔やむことは、あんたと別れる時に、なにひとつ言いたかったことを伝えられんかったことや。

楽しかった日々のことも、別れの辛さも。

言葉少なにも、ある程度のことはわかりあえてたと思ってる。
それでも突然の悲しみと、希望の無さに、伝えきれずにいたことは、たくさん、あった……。


二度と再び会えることはないと、伝える機会は来ないのやと、ちゃんと思っとったのになあ。

やけど、やけどや」


女性は眉根を顰めながらも、うっすらと笑顔を浮かべた。何かを堪えるように。


やがてその堪えていた何かが両の瞳から溢れだすと、再び口を開いた。


「わたしたちの孫が、血が、作ってくれた。

また今度、の約束を作ってくれたんやで。


別れ際にもさよならだけは言わんかったそうや。

そのためにどれだけ強い心が必要か……わたしたちには、痛い程わかる――」


涙を拭って立ちあがった女性に、温かな風が吹き付けた。
きらり、とその中に小さな光が1つ瞬く。


「わたしも、あなたにまた会いたい」


風が、頬を、髪を、体を包み込むように撫でていく。


「また、いつか」


そう言い残し、女性はくるりときびすを返した。


――今はまだ、わたしの生活を。あなたと出会ったこの島で、あなたの瞳の色をした海に囲まれて、死ぬまで、この島で。


ゆるゆると風は女性から離れ、方向を変え、孤独の旅に戻って行く。


また、いつか。

その大切なひと言を守るように、その時が来るまで、ずっとずっと守るように、海はいつまでも輝いていた。











Fin.



< 214 / 216 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop