シンデレラを捕まえて
――明日からは、言えるんだ。


嬉しさがこみあげてきて、そっと遠くの席の比呂を窺う。

エステサロン部のスタッフに囲まれた比呂は、楽しそうに笑いながらジョッキを傾けていた。
エステサロン部は、美人さんばかりだ。
さすが、美を作る仕事の前線にいる人たちと言ったところ。
特に、比呂の横に座っている上毛薫子(こうげ・かおるこ)さんなんて一際磨きがかかっていて、女優さんみたいに綺麗だ。彼女みたいになりたいって言って通って来るお客様もいる。

比呂と同い年の彼女は美人な上に性格もいいらしい。私は事務的な会話しかしたことがないのだけれど、男みたいにさっぱりしているので話すのが楽しいって比呂が言っていた。
今も、薫子さんに肩口を軽く叩かれながら笑っていた。

普段の私だったら、やきもきしたことだろう。彼女たちが比呂に触れる度に、笑いかける度に、いちいちダメージを負っていた。

だけど、今日ばかりは少しだけ余裕をもって見ていることができた。
大丈夫、明日からはこんな思いしなくて済むんだもの。


「美羽さん、ビール持って来ていい?」

「ふえ!?」


不意に声を掛けられてびくりとする。声がした方向を見れば、GIRASOLのスタッフである穂波くんが立っていた。空になったジョッキを手に、小首を傾げて訊いてくる。


「いつもよりペースが遅いみたいだけど?」

「え? そ、そうかな」

「そうだよ。だってまだ二杯目だよ?」

「もう、二杯目だよ。私、そんなに飲まないもん」

「嘘ばっかり」


にか、と笑う。力強い瞳がきゅっと細くなって、大きな口はまさに、にか! という表現がぴったりに口角を持ち上げる。
その笑顔はとても魅力的で、素敵だなといつも思う。

確か二十七歳になるという穂波くんは、目の保養になるくらいのイケメンさんだ。少し荒い印象で、端正な顔立ちの比呂とはまた違ったタイプ。特に、真っ黒な、深みのある瞳は目力があって、見ていたら引き込まれそうな不思議な魅力がある。
それに加えて、百八十を越す長身に筋肉質な体つき。日に焼けた浅黒い肌が快活な印象を与える。

かっこいいよね、彼。とボンヌのスタッフの間でもちょくちょく話題に上がる人だ。


「それにしても、今日が美羽さんの送別会だなんて、知らなかった」


穂波くんはしゅん、と項垂れた。


「美羽さんと話すの、すげえ楽しかったのに。何で辞めちゃうの」

「スキルアップをね、したくて。これから勉強三昧、かなあ」


えへへ、と笑う。実際のところ、まだなにも考えていなかった。それなりの貯蓄はあるし、すこし休んでもいいかなと考えてもいたのだ。


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