シンデレラを捕まえて
差し込む光で、朝が来たことを知る。微睡んでいた私は、数回瞬きを繰り返した。


「ん……」


寝返りを打とうとして、それを阻まれる。日に焼けた腕ががっちりと私を抱き込んでいた。背中に、広い胸板と僅かな寝息を感じる。
前も、、目覚めたらこうして抱きしめられていたっけ。もしかしたら、穂波くんはこうして寝るのが好きなのかもしれない。
腕をそっと解き、抜け出そうとしたその時だった。
すい、と動いた腕が私を抱き、引き寄せた。再び同じ位置に戻ってしまう。


「だめ」

「え? あ、穂波くん起きたの? 私、朝ごはんを」

「行かないで。もうちょっとこうしてて」


腕に一層の力が籠められる。寝起きの、少し掠れた声で囁かれてびくんと震えた。


「え、えっとでも、今日仕事だし、えっと」

「よかった」

「え?」

「起きたらいなくなってる、ていうの嫌だもん。もう絶対嫌だ」

「あ、う……。ごめん」

「ううん。こうしていてくれてるから、嬉しい」


後頭部の、つむじの辺りに唇が触れる感触があった。


「朝ご飯、コンビニで買って、それ食いながらいこ。そうしたらもう少しこうしていられる。こうしていさせて」

「う……」


そんなお願いをされて、断れるはずがない。私だって、もっとずっと、こうして腕の中にいたい。


「……て」

「なに、美羽さん?」

「そっち、向かせて。このままじゃ顔見えないもん」


言うと、穂波くんが小さく笑ったのがわかった。腕が緩む。


「はい、こっちむいて、美羽さん」

「ん」


もそもそと体をうごかして、穂波くんと向かい合うように体勢を変える。
胸元から視線をあげれば、少しだけ気の抜けた笑顔があった。


「おはよ、美羽さん」

「お、おはよ」


……なんか、すごく気恥ずかしい。
思わず俯いてしまった私のおでこに、口づけが落ちる。


「どして赤くなるの?」

「や、だって、恥ずかしいていうか」

「そんなこと言ったら俺も恥ずかしくなっちゃうから止めて」


きゅう、と抱きしめられる。同時に、つむじ、おでこ、こめかみ、頬にキスが降ってくる。


「あはは、やだ、くすぐったい。くすぐったいよ、やめて」

「やだ」


ベッドの中でくすくすと笑い声を洩らしながらじゃれ合う。

こんなに心地よい朝を、私は知らなかった。
こんなに愛しい時間を、私は知らなかった。
すごく幸せだと、思う。

気付けば出社ぎりぎりの時間に差し掛かろうとしていて、私たちは大慌てで家を出たのだった。


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