揺らめく焔
例えば、朝起きて「おはよう」と髪を撫でてくれる人が居る。
例えば、どこかへ行くときに「いってらっしゃい」と笑う人が居る。
例えば、夜寝るときに「おやすみなさい」と静かに言う人が居る。

そんな温かな夢を

せめて、夢でいい。

見てみたかった。

今はそう言う存在もなく、どんな感覚か忘れてしまった。
見る夢は悪夢ばかりで欠片も感じない。

それを悲観するわけではない。
それが私の運命なのだろう。

シャルドネはシャワーを浴びながらそんなことを考えていた。

体中に刻まれた傷。
嘗ての罪の証だ。

右腕にはユーベルヴェーク家の紋章。
これは、生まれ育った家の印だ。
幼い頃から刻まれる印。
武芸に長けた誇り高き一族。

“例えどんな人生であろうと、生まれは変わらない。”
そう、誰かが言った覚えがある。

その名前を消すように一筋の深い傷跡がある。
“シャルドネ・ユーベルヴェーク”
そして、左腕にはロッテンマイヤー家の紋章。
八歳頃に養子として引き取られた家だ。
ロッテンマイヤー家はユーベルヴェーク家には及ばないが、上位階級の一族だ。
汚職事件があり、現在は自粛している。
その、左腕は右腕と同じく深い傷跡が刻まれている。

痛みを感じることがない身体。

それは嘗ての罰だ。

汚職事件の罪を全て背負い、受けた罰。

そして、一族を追放され、現在はどちらの家でもない。

生まれた家でも、引き取られた家でもない。

唯の一人の男だ。

「くだらない。」
自身の考えを軽蔑しながら濡れた身体を拭く。

着替えると、玄関のチャイムが鳴った。
普段はあまり来客がないので不思議そうな目をして相手を確認する。
「何だ?」
外に出ると、赤い髪の女が居た。
女性の中では高い身長にヒールを履いている。
「一緒に行きましょう!」
「そんなことの為に来たのか?」
「たまには、いいでしょ?」
悪戯っぽく笑う女に呆れる。
「お前の家からは遠回りだろう。」
「ですから、拒否できませんよね?」
「……図々しい。」
「ふふふ!」
得意げな女を見て、荷物を取りに戻る。
この女は彼女などではなく、リコリスという名の部下だ。
「こうして歩いてるとデートっぽいですね!」
「冗談は夢の中だけにしておけ。」
「……むぅ。」
リコリスは膨れっ面をする。
(わかってないなぁ。)
そんなことを考える。
「むぅ。」
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