幸せの花が咲く町で
「ある日、忘れ物をした私は、それを取りに家に戻ったんです。
そしたら、見知らぬ女が出てきました。
派手で軽そうな女です。
私のエプロンをかけて、いかにも料理の途中みたいな雰囲気でした。
もちろん、そこで言い争いになり、そのうち取っ組み合いの喧嘩になりました。
その時、奥からのそのそ出て来た旦那は、あろうことかその女の肩を持ちました。
女は旦那の浮気相手で……私が仕事に出た後、いつも家に引っ張り込んでいたようでした。
私は、朝早くから働いて、帰って来たら翔の面倒をみて、一生懸命頑張ってたのに……
悲しくて悔しくてたまらない気持ちになりました。
本当に情けない話ですが、そんなわけで旦那とは結婚して二年ほどで別れました。
旦那は私だけではなく、翔にも愛情はなかったようです。
言い訳をするつもりじゃないんですが、私、あの時……篠宮さんが出て来られた時……忘れかけていた自分のいやな記憶がよみがえったんです。
私の留守に、女を引き込んでいた旦那の顔が思い出されて……それで、頭に血が上ってあんなことを……本当にごめんなさい!!」

翔君ママの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
若くて幸せそうに見える翔君ママに、そんな辛い過去があったのはとても意外な気がした。



「香織さん、本当にごめんね。
私、このことをまいちゃんから相談されてて、優一には私から話したんだけど、やっぱり香織さんには直接謝った方が良いって言ったんだ。」

「なかなか勇気が出なくて、遅くなってすみません……
夏美さんがこういう機会を設けて下さったので、やっとお話することが出来ました。
考えてみれば、旦那の浮気相手はいかにもって感じでしたが、篠宮さんは全然そんな素振りもなかったのに、私、どうしてあんなことを言ってしまったのか……」

翔君ママは本当に憔悴しきった様子で、今日までにずいぶんと心の葛藤があったんだろうと思えた。
誰だって、自分の否を認めるのは勇気がいる。
そして、当の本人に謝るにはさらに大きな勇気がいる。



「わかりました。
私は気にしてませんから、もう気にしないで下さい。」

良い恰好をするつもりはなかったけれど、自分でも少し意外な程、私はすんなりとそんなことを口にしていた。
あの時は翔君ママのことをあんなに憎らしく思ってたのに…



「そうですよ。
篠宮さんには旦那さんもいらっしゃるし、家庭もあるんですからそんなことされるはずがありません。」

「……え??」

堤さんの言葉に翔君ママが驚いたような顔をして、私の顔を見られた。
そうだ……翔君ママは、奥様が話したから私が独身だってことを知ってるんだ……



バレる……!!
私の嘘がバレてしまう……!!



私はこの事態にどうすることも出来ず、ただ身を固くして次の瞬間を待った。
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