ガラスの靴じゃないけれど


最後の木型を梱包した私は、段ボールの蓋をガムテープで閉めるとため息を付いた。

「響さん。旅の予定っていつからいつまでですか?」

「ん?俺の気が済むまで」

「気が済むまでって...気が済まなかったら永遠に旅するつもりですか?」

「まあ、そうなるな」

ケロッとしながら、そう言い切った彼が憎らしく思えた私は頬を膨らませると、腰に両手を当てた。

「次は何を梱包しましょうか?」

「何、オマエ、怒ってんの?」

「怒っていません!」

舐め終えた棒付きキャンディーの棒をゴミ箱に投げ入れた彼は、工具を梱包していた手を止めると大股で私に近づいてくる。

そして私の頬を両手で挟むと、その手に力を入れた。

「嘘つけ。ほら、こんなに頬が膨らんでいるじゃないか」

「そんなころ、ありませふ!」

彼に頬を両手で押された私の口から出たのは、呂律が回らない酔っ払いのような言葉。

その私の様子が可笑しかったらしく、彼は大きな声を上げて笑い出した。

でも、その笑い声が靴工房・シエナに響き渡ったのは、ほんのわずかな時間。


< 192 / 260 >

この作品をシェア

pagetop