真夜中の猫

空色のカーテン

亮と百合子の話し合いは毎日のように続いた。
2人とも日々精神をすり減らしていた。
百合子には亮と別れなければならない理由に納得できなかった。
子供を作ろうと治療に通った辛い日々も、2人で乗り越えて来た。
百合子は年齢と体力を考えて子供は諦めていた。
2人で過ごす静かな夜が好きだった。
でも、亮はそうではないらしい。
お互いあまり寄り添って夜を過ごす事も少なかった。
亮はオンラインゲームに没頭していたし、百合子は自分の時間を過ごしていただけだった。
それが夫婦として物足りなかったと言われても百合子にはどうしようもなかった。
百合子は離婚には同意しなかった。
2人の意見が歩み寄る気配はなかった。


そうしているうちに、亮のアパートの契約ができた。
亮は百合子が居ないうちに荷物をボストンバッグにつめ、置き手紙をして家を出た。
【アパートの契約ができたのでそちらに行きます。話がある時はいつでもれんらくください。ちゃんとご飯はたべてください。】
百合子には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
ただ、彼女が自分を責めずに持ち前の強さと明るさと社交性で乗り越えてくれることを願った。
財産なら百合子のいう通りにしても良かった。
それで気持ちが収まるのならそれで良かった。
亮は新しいアパートで暮らす用意を始めた。
といっても、部屋は1Kで家具をおくと居場所がなくなる狭さだった。
とりあえず、カーテンを買いに行った。
沈んだ気持ちが少しでも晴れるように空色の、雲がプリントされたカーテンにした。
男の1人暮らしには似つかわしいが気分が良かった。
あとは小さなコンロとトースターやらとりあえず生活できる最小限のものを買った。
夜になっても百合子からは連絡がなかった。
自分がひどい事をしているのは承知していた。
亮は葛藤していた。
家族を持ちたいと思う事が自分のエゴなのか、許されてもいい事なのか。
思い出すのは寛美と鈴と航の笑顔だった。
3人はいつも笑っていた。
寛美が子供達を叱るのにはちゃんと理由があったし、子供達も素直に受け入れていた。
空色のカーテンはあの家にも合うだろうな、そう考えながら眠りに落ちた。


百合子から連絡がきたのは、亮が家を出て1ヶ月がすぎた頃だった。
久しぶりに2人で食事をしないかと誘われた。
亮は断れなかった。
それに、元気でいるか気になっていたところだった。
2人が行ったのは昔よく来た和食の店だった。
百合子はもともと痩せているが、さらに細くなった気がした。
「久しぶり。」
「元気にしてた?」
「まあね。」
「ちゃんとご飯食べてる。」
「まあね。」
百合子は口数が少なかった。
もともと会話の少ない夫婦だったが、今夜はとても居心地が悪かった。
沈黙を割いたのは百合子だった。
「あなたのいう通りでいいわ。別れましょ。1人でゆっくり考えてみたの。あなたが言う通り私達には子供だけじゃなくて、もっと夫婦として大切な物がかけていたのかもしれない。あなたがそれに気づいて辛かったのなら仕方ない。だけど私は今のマンションが気に入ってるし、職場で噂になりたくもない。だから勝手に出て行ったのはあなたっていうことでいい?」
百合子は淡々と話した。
「俺の勝手なのは間違いない。欲しいものは全部百合子のものだから心配しなくていいよ。」
「ありがとう。」
「こちらこそありがとう。」
百合子は箸をすすめながら話し始めた。
「新しいアパートには慣れた?」
「そうだね。寒くなってきたから電気ストーブを買わないと風邪ひきそう。」
「気をつけてね。」
「ありがとう。」

不思議な別れだった。
長年連れ添った男と女の別れにしては冷静な話し合いだった。
お互いが相手の健康を気遣い、生活の困難を相談した。
百合子はそういった相手だったのだ。
何も悪いところがあるわけではない。
長い間生活を共にした仲間のような存在だった。
だから、気になることは自然の成り行きだった。
ただ、亮が求めてしまったものを百合子は持っていなかっただけのことだった。
これから1人で生きていかなければならない百合子に亮ができることはなかった。
しない方がいいと思った。
すまない、百合子。
亮は心から百合子の幸せを願った。



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