真夜中の猫

世界をつなぐもの

亮は大阪の建築会社に入社し、早速現場監督として建設現場に出ていた。
現場監督といえば聞こえはいいが、要は現場の責任者である。入社したばかりだろうが関係なく、責任を取らないといけない。工事が順調に進むよう手配し、完成させるのがただ唯一の目的だ。そのためなら1人で雨に濡れても土嚢を積み上げないといけない。
亮は仕事漬けの毎日だった。甲子園の近くの社員寮は相部屋で、唯一疲れを癒せる場所だった。
そして亮が手にしたのは、寛美からもらったCDだった。出発の日、みんなから見送られた後、電車の中でこの曲を聞き静かに泣いていた。大勢の仲間と別れ、知らない土地で仕事をする亮にも不安はあった。遠距離恋愛には嫌な思い出があった。だから、最初に断ち切っておいたのに、寛美は繋がっていてくれた。そんな気がして嬉しかった。
とはいえ、現実は厳しく、毎日朝早くから夜遅くまで働いて、食事と風呂が済めばもうまぶたが落ちた。
そんな毎日が続いた。
ある日、知らない番号から電話がかかった。取引先かもしれないと思いきちんとした声ででた。
聞こえてきたのはそそっかしくてどこか抜けている懐かしい声だった。寛美はいつも何もないところで転んだり、おかしな聞き間違いをして一緒にいると楽しかった。一瞬そんなのんびりとした感情を思い出していたが、向こうから主任に呼ばれているのが見えた。
そしてすぐに現実の世界に戻っていった。

それからも毎日朝早くから夜遅くまで仕事をして、帰ったらそのまま寝てしまうような毎日が続いた。
部屋に戻ると畳の上にそのままうつぶせた。
目を閉じてこの前の電話のことを思い出した。電話越しに聞こえた間の抜けた声、なぜか心が落ち着いた。
(あれから何日過ぎたんだろう?)
甲子園にきてまだ、2週間も経ってないのに何ヶ月がすぎたような気がした。毎日が慌ただしく、現場のなかで厳しさに揉まれ自分を奮い立たせるものを探していた。ふと思い出し、疲れた体をゆっくり起こし、胸ポケットから携帯電話を取り出し寛美にかけた。
「…あ、もしもし。」あいかわらず間の抜けた声が聞こえた。
「元気?」
「うん、大丈夫。」
「なにしてた?」
「べつに、ぼーとしてた。」
亮は大きくため息をついた。しばらくお互い黙っていた。違う世界から今はこの電話でつながっている気がした。沈黙の中でその心地よさをかみしめていた。
「今度、ゴールデンウィークに帰るから、会える?」
「ほんと?」
「また日にちが決まったら電話する。」
「うん。」
「じゃあおやすみ。」
「おやすみなさい。」
電話を切ってまた大きくため息をついた。そして目を閉じて懐かしい風景を思い出したまま眠りについた。



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