聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
それからリュティアとエライアスは力比べのような挨拶を長々とかわした。

やがてリュティアとラミアードのみが着席し、アクス、カイ、護衛兵たちが一歩下がって控えたところで一同の前に書類が運ばれてきた。

エライアスが朗々たる声でその内容をひとつひとつ読み上げていったが、リュティアは緊張のためろくに文面が頭に入ってこなかった。

女王としてはじめての対外交渉なのだ。国際的に女王としての手腕が問われるはじめての場なのだ。緊張するなと言う方が無理であった。

「―とこのような内容で和平の条約を用意してきた。女王よ、異論がなければ署名と押印を」

「…………はい」

リュティアは慌てて条約に目を走らせる。ざっと見たところその文面におかしなところはなかった。だから署名するため羽根ペンを持ったのだが―

「失礼ですが」

ラミアードが突然リュティアの手を押さえて口を挟んだ。

「国王様は但し書きを読まれなかったご様子。第六条に、ただし緊急時には当国より兵を送り、軍事拠点とする。第十二条に、ただしすべての商取引の利益の一割は当国のものとする、とありますね。これはどういった意味でしょう。このニュアンスからいくと、……我が国は貴国の属国となるととらえてよろしいのでしょうか」

―え!? 属国!?

リュティアは心臓が縮みあがった。すぐさま書面によくよく目を通せば、ラミアードの告げたとおりの但し書きが小さな文字で書かれているではないか。

色を失うリュティアの前で、エライアスはあからさまに顔をゆがめ、ちっと舌打ちした。それから満足そうにその顔に微笑みを浮かべて言った。

「よくぞ見抜いた、見事よ、王太子ラミアード殿」

「…国王様、もう私は王太子ではありませんよ」

答えるラミアードは涼しい顔だ。

リュティアはそんな重大なことを見抜けなかった自分が恥ずかしいやらふがいないやらで、身も細るような気分だった。

結局ラミアードの活躍のおかげで新たに書面がつくられ、今度こそ両国の対等な関係と恒常的な和平を誓う条約が締結されたのだった。
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