聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
カイはその日の夜半過ぎ、喉がかわいて目を覚ました。

リュティアにプロポーズしようと思っていたから緊張で喉がからからだったのに、うっかり水を飲まないで寝たせいだった。

半覚醒の状態で枕もとの革の水筒に手を伸ばしたが、残念ながらそれは空だった。

馬車の中には無論水筒が常備されているが、ふと今宵の野営地のすぐ近くに清涼な川があることを思い出し、どうせならそちらで新鮮な水を飲もうと身を起こした。

寝ている間に見ていた夢のことをぼんやりと考えながら、カイは一人草をかきわけ川辺へと降りて行った。

夢の中で、カイはリュティアを思いきり抱き締めていた。それだけではない。背中にまわした手を細い腰へとすべらせ―――

―なんて夢を見ているんだ私は!

カイは真っ赤になり、ばしゃばしゃと川の水で顔を洗った。確かにプロポーズをしようと考えてはいたが、まだ言えていないのだから返事ももらえていないのに、そんなことを考えるなんて気が早すぎる。とんでもない。―頭を冷やせ!

カイが川の中に直接頭を突っ込もうかと考えた時だった。

ヒュ、と突然耳元で空気が鳴り、頬に鋭い痛みが走った。

カイの視界に月光を弾く銀の輝きが映る。

――剣!?

そう認識した瞬間、それは勢いよく空を切って視界から消え、間髪入れずに第二撃となって戻ってきた。それはカイの背中を鋭く狙い定めた突き攻撃だったが、カイはなんとか直感で体を右にひねって転がりかわし、剣が襲ってきた方向に身構える。

真正面から振り下ろされた第三撃を腰から引き抜いた短剣で受け止めることができたのは、護衛官としての日ごろの訓練の賜物だった。

命を狙われている、それはわかった。

だが疑問が轟く。誰が、いったい何のために!?

敵がいったん剣を引く。

敵はその顔に覆面をしていた。

「何者だっ!?」

誰何(すいか)の声と共に、カイは短剣をひらめかせた。それが相手の覆面を切り裂いたのは、単なる偶然に過ぎない。カイは短剣も含め、剣全般が苦手だった。



覆面の下から現れた顔に、カイは絶句した。

月光が照らし出したその秀麗な顔―――。

それは紛れもなく、ラミアードであった。
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