聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
―一体なぜ?

理由など思い浮かぶはずもない。

だからただ立ち尽くすしかないカイの前で、ラミアードは両腕で頭を抱え、くずおれるようにその場に片膝をつく。すでにその体から殺気は消えていた。

冷たい夜風が二人の頬をなぶっていった。それがラミアードの心を冷ましたのだろうか。彼は頭を抱えた手でくしゃりと髪をかき乱すと、静かに告げた。

「私には、お前を殺せない…。ならば…告げるしかないのだろうな…。カイ……お前には、知らなければならないことがある…。リューのためにも。それを…聞いてくれないか…」

夜風がさらに強く吹き付けてきた。それでやっとカイはいくぶん冷静さを取り戻した。

「どういうことです?」

聡明なラミアードがこんな暴挙に出るからには何か理由があるはずだった。この時点ではそう、命の危険が去ったからだろうか、カイはなかなか冷静に、その理由を聞こうと思っていたのだ。

ラミアードは立て膝で地面に座り込み、語り始めた。

「…黄泉の国で、お前は黒い雪の記憶を見たと言ったな。12歳のあの日、リュティアと住む湖の館が焼失した日の記憶を見たと。あの日何があったか、お前が何を見たのかを、私は知っているんだ。誰より一番、知っているんだ。なぜなら、当時有名だった催眠術師を呼んでその記憶を封じたのは、ほかでもない、私だからだ」

ドクン、とカイの鼓動がひとつ大きく脈打つ。

あの日のことが蘇る。

あの日カイは、燃え盛る炎の館を、一人の人の姿を求めて必死で走っていた。リュティアはすでに逃がしたあとだった。だから求めていたのは、母ユーリアの姿だった。

「お前が見たのは…私がお前の母を追い詰め、死に追いやってしまった場面だった。お前は見たんだよ。あることを問い詰める私と、それを否定するために私の剣で自ら命を絶ったお前の母を」

カイは目を見開き、唇を震わせる。

声は出ない。

ラミアードの言葉で、封じられていた記憶がカイの胸に鮮やかに蘇ったからだ。その衝撃に、カイの唇は言葉を紡ぐことを忘れてしまったのだ。
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