純愛は似合わない
不意に2年前の、あの寒々しい夜が頭の中に浮かんだ。

敷島紫の悔しそうな顔も。


何故この人は今、私といるのだろう。

彼女が同じ空の下にいるというのに。

速人をここに引き寄せるために、瀬戸課長が際どいことを言ったのは間違いないのだが。

私を選んだなんて、楽観的な思いなど抱いてはいない。

ただ、この状況を楽しんでもいいのではないかと、不埒な思考がチラチラと過ぎった。

ここには友好的で無かったあの夜とは違う、速人の腕がある。

速人と身体を重ねた回数が一回増えるだけの話しじゃないか、と悪魔が囁く。

最後の記憶があの夜だなんて、その方が余程哀れなことでは?

……愛なんて無くても構わない。


私に抗う気が無いことを察した速人は、脇にあるサイドテーブルの上に、手の中のグラスを置く。

そして私の握っていたボトルも、手から引き抜きグラスの隣りに並べた。

サキ、と言葉にならないほどの唸る様な声で速人に呼ばれると、身体の芯がぶるりと震えた。

彼はもう一度、耳朶をゆっくりと悪戯してから、今度は下唇を食む。

そこは再会直後、速人が傷付けた場所だ。


「……同情なら受け入れるな」

癒すように優しい口付けを受けた後、速人の低い声が脳の奥深くへ染み渡る。

多分、彼の自制心がそう言わせたのだ。


余計な詮索もしがらみも、いらない。

ただ、欲しい。


自分の欲望に忠実に従った私は、速人のカッターシャツを掴んで、彼の身体を引き寄せた。
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