純愛は似合わない

母の出生の秘密を速人は知っていたのだ。

私の祖母は友野前会長の秘書を勤めていたという。

前会長には既に家族が居た身の上だ。

それが恋だったのか、肉欲からのものなのか、知るすべも無いが、社会的に許されるものでは無かった。

ことに莫大な富を持つ階級では、血は争いの元になる。


彼が私に執着する意味に、漸く気付いた。

私が欲しいのでは無く、その血が欲しいという事実に怯んだ。

速人は私と『取引き』をして『契約』したいのだ。


酷い人だ。

はじめて出逢った時の速人は、中学生の私に優しかった。

皮肉屋のところもあったけれど冷たいと思ったことなど無かった。

速人が別人のようになってしまったのは、この所為なのか。

「……私に何のメリットがあるの」

心の痛みが増えるにつれ、感情が少しずつ欠けていく。

「そうだな」

私の手を握ったままの速人は、食事する店を決める相談のようにいとも簡単に条件を口にした。

「例えば……僕が保有するモートンホテルの株を全部早紀に譲っても良いが」

……全部って。

それはモートンが経営不振に陥った際、父から買い取った株式のことだ。

「そんな勝手なこと」

「あれは僕の個人的な資産だから、どうとでも出来る」

金持ちは大したことでは無い顔をする。

桁外れの感覚に重い溜息が漏れた。
< 112 / 120 >

この作品をシェア

pagetop