純愛は似合わない
「いつもありがとうね、成瀬さん」

今年の4月、宮田さんが系列の清掃会社から派遣されて来るようになり、毎日似たような会話を繰返している私達。

別に宮田さんだからという訳では無く、その前の人達とも同じように、友好的な関係を築いて来た。

企業はひとりでは動かない。それぞれの人がそれぞれの役割を忠実にこなしてこそ、活きる場所なのだと思う。


宮田さんは体格は中肉中背といったところなのだが、今までのスタッフよりも背筋がピンと伸びていて若々しい。

以前そのことを口にした時、宮田さんはこっそりと「昔から柔道を少し」と言って笑った。

柔道も空手もさして区別の付かない私だが、六十代半ばでも若々しい宮田さんを見ていると、素敵な年齢の取り方が羨ましい。穂積さんと同じ匂いのする人だ。





「あれ? 今日は休みかと思ってたけど、もう良いの、成瀬さん」

総務課の殆どの机を拭き終わった辺りに、良く通る声が私を呼ぶ。

宮田さんの手前、険のある言い方も出来ず、じっと瀬戸課長を見詰めた。

「……金曜は色々と…ご迷惑をお掛けしました」

私が頭を下げるとその頭に重みが加わる。課長の手の中の書類が乗っかったらしい。

頭の上でがさがさ音がする。

「意固地な人だね」

「頭、重いです」

「……これ、今週の懇親会の人数確認と進行表。モートンの担当が午後イチで最終確認に来るから、君もそのつもりでいて欲しい」

「……承知しました」

まるで賞状でも渡されたかのように、更に腰を折って書類を受け取った。

何気なく名簿を手にしてページをめくった時、ある名前に目が留まった。

……あの人だ。



< 73 / 120 >

この作品をシェア

pagetop