純愛は似合わない
「ん? 成瀬さん、どうかした」

瀬戸課長はいつものように、私の顔を覗く。まるで確めるような彼の視線を外して、取り繕うように微笑んでみせた。

「いいえ、関連会社の方達もいらっしゃるみたいだから」

「関連?ああ、法務の奴らか。急遽、海外組が出張で来ることになっててね。元同僚の社長姿を見るのも、これまた一興ってところだろうね」

友野ソリューションの中核を担う法務部が独立したのは5年前。本社から袂を分かち、ニューヨークに拠点を移した。

この時に速人も渡米したのだ。

あの人……敷島 紫(しきしま ゆかり)を伴って。




「成瀬さん、雑巾良いかな?」

遠慮がちな宮田さんの声に我に返った。

「あ、ごめんなさい」

机の上の雑巾を足元のバケツの水で濯いで、宮田さんに手渡すと、彼は目尻を下げた。

「本当にありがとうね」

ホッコリするような笑顔を向けられると、固まった思考が溶け出して自然に笑みが零れた。



宮田さんが総務課のフロアを出ていった後、まだ隣に立っていた瀬戸課長に気付いて「何か?」と尋ねれば。

「成瀬さんて奥が深い」

瀬戸課長は、まるで珍しいものを目にしたような顔をする。

私は戯れ言を呟く瀬戸課長を無視して、自分のデスクへ向かった。













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