声を聞くたび、好きになる

 高校の修学旅行で活躍したきりクローゼットに眠ったままだった旅行カバンを引っ張りだし着替えを簡単に詰め込むと、私は家を出た。

 夏が放つアスファルトのにおい。じりじり肌を照らす太陽。

 いつも不快に感じていた外の暑さは精神的に快適だった。そう感じるのは、仕事と同時に海音との関係から離れたおかげかもしれない。


 ポケットに入れたスマホが絶えず鳴っている。

 駅で電車に乗る前に画面を確認すると、海音からの着信履歴が連続で残っていた。

 編集長の手前、こちらの様子を伺うべく電話してきたのだろう。どういう神経で連絡をしてくるの?想像しただけで腹が立った。

 声を聞いたら旅する気持ちが削(そ)がれそうだったので、最後に1件、海音にメールを送ることにした。

《今までありがとう。海音とはもう二度と会わない。望み通りになって嬉しい?

秋吉さんと仲良くね。あと、彼女に私の番号消すように頼んでね。よく知らない人に番号知られてるの不気味だし、迷惑。》

 イラストレーターとして挫折を味わったことの八つ当たり……。メールに込めた激しい感情はそれだけではなかった。あらゆる出来事で海音との信頼関係を失ってしまった悲しみが、もっとも大きかった。


 私だけが一方的に感じていた海音との絆。表現できなかったたしかな恋。

 それらをバッサリ断ち切るようにスマホの電源を切り、私は行き先未定の電車に乗り込んだのだった。










《6 挫折の影に(終)》

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