声を聞くたび、好きになる

「どうしたらいいですか?このまま疑われっぱなしなんて嫌です!」
『そのことで今日は君に大事な話があってね……』
「何か解決策があるんですか?」
『消極的な方法だが……。事態が沈静化するまで、しばらく戸塚さんには仕事を休んでもらおうと思っている』
「そんな!」
『出来ればこんな手段は取りたくなかったんだが……。芹澤君がそうするべきだと主張していてね』

 海音が!?

 頭から血の気が失せていくようだった。秋吉さんに言われたことは紛れもない真実なのだと、間接的に告げられた感じがする。

 私のおもりをするのが嫌だったとこぼすくらいだ。海音は、今回の盗作騒動を利用して私を無職に戻す気なんだ!

 盗作だと言い出した相手以上に、私は海音に憤りを覚えた。

 秋吉さんに不満を言うだけならまだしも、こんなやり方をしてまで……。だったらはじめから出会わなければ良かった!スカウトなんてしてほしくなかった!

 今この場で海音を呼んでもらって直接抗議しようかと思ったけど、編集長は海音の働きに一目置いている。ここで私が別の意見を言っても通してもらえなさそうだ。

「芹澤さんの言うことに間違いはありませんよね。分かりました。しばらくお休みさせていただきます」
『本当に申し訳ないね、戸塚さん。君はわが社の大切な人なのにつらい思いをさせてしまって……。芹澤君は今、君のために動いてくれている。彼に任せれておけば安心だよ。もちろん、こちらでもこの件を解決するため全力で対応するから』
「こちらこそ迷惑をかけてしまってすみません。本当にありがとうございました」

 期待なんてせず、うわべだけの感謝を述べて電話を切る。

 無職に戻った。あっけなかったな……。


 編集長がくれた精一杯の励ましも、私には退職を願うものにしか聞こえなかった。



 開きっぱなしだったパソコン画面に何気なく目をやると、さっき見ていた悩み相談サイトにつなぎっぱなしだったことに気付く。

 電源を切ろうとした時こんなコメントが目に入り、悲しみや怒りといったマイナス感情が少し和らいだ。

《どうしても行き詰まる時は、作業を一時中断。描くことから離れて他のことをする。とことん好きなことをするのがオススメ。僕の場合、出先を決めずに旅をするとイマジネーションが湧き、やる気が戻ってくる。》

 出先を決めずに旅、か……。いいかもしれない。

 前の私なら外出は嫌という思いにとらわれ旅するなんて考えなかっただろうけど、海音が屋形船に乗せてくれた時に、外には楽しいこともあると知った。おかげで、今なら一人旅も抵抗なくできそうな気がする。

 秋吉さんから電話をもらって以来、海音には心を開けなくなったけど、私に外出する勇気をくれたことだけは素直に感謝している。

 煮詰まっていた仕事ももうやらなくてすむし、旅をするのには絶好のタイミングだ。決心が鈍らないうちに動こう!

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