声を聞くたび、好きになる

「芹澤さん。敬語、やめませんか?」
「え……?」
「だって、私達、この数時間の間に仕事の関係以上に仲良くなれた気がするから」
「戸塚さん……」

 芹澤さんに対し、私は意外にも早く心を開いていた。芹澤さんが腹を割(わ)って話してくれたおかげだ。

 恋愛感情前提で好かれているという事実は、突然過ぎてまだ認められないけど、せっかく縁あって出会った人。

 ありのままの芹澤さんと交流がしたい。


 私の意図を読み取ってくれ、芹澤さんはこんな提案をしてくる。

「分かりました。それでは、戸塚さんも同じように、普段の話し方で私と話して下さい。気楽に」
「……はい!じゃなくて……。分かったよ」
「よくできました」

 芹澤さんは子供扱いするような言い方をし、私の頭をポンと撫でてくる。

「あと、私のこと名前で読んで下さい。戸塚さんのことも、名前で呼びたいですし」
「名前、ですか。そうですよね」
「また、戻ってますよ」
「ごっ、ごめん、ついっ」

 正直敬語は慣れないから、芹澤さんが私の希望を快く受け入れてくれたことにはホッとした。

「かっ、海音さんっ。で、いい?」
「サンは無し。呼び捨てでいいよ」

 目を細め、芹澤さんは柔らかい視線をこちらに注ぐ。反射的に、さっき抱きしめられたことを思い出した。

 それだけでなく、男の人を呼び捨てにするって、何だかものすごく特別なことに思えてドキドキ感が増す。

「海、音……」

 口にした瞬間、呼吸が苦しくなるくらい鼓動が早くなった。

 カイト。その3文字は、私の中の見知らぬ感情を呼び覚ますのに充分な力がある。

「名前で呼んでくれてありがとう、ミユ。改めてよろしく」

 敬語を抜いた彼のハスキーボイスは、聞く人の感情を官能的に彩る効果が絶大だった。

 男性経験のない私がそんな風に受け止めてしまうくらい、大人の男性の色気がにじみでている声。

 声優になったら女性に大人気間違いなしのミラクルイケボの持ち主だ。

 それにしても、モモと同じ専門学校を出ているのにイラスト関連の職種に就かなかったのはどうして?

 海音は、どんな想いを抱いて編集者になったんだろう?


 互いの名前を呼び合ったり、酔ってみっともない姿をさらしてしまったり。

 密な時間を共有した影響なのか、海音に対する興味関心が次々と湧いてくる。また、そんな自分が不思議でもあった。

 こういう気持ちは、流星に対してだけ持つものだと思っていたから。


 海音との関わりが与えてくれる喜びや気持ちの高ぶり。

 人知れず変わっていく自分を、私は止めることができないでいた――。










《4 変わる二人(終)》
 
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