10円玉、消えた
「やっぱり君は忘れとるようだな」

「何をですか?」

「さっき言った“大事なこと”をじゃ」

「じゃあ教えてくれませんか?」
竜太郎は少し苛立つ。

「いや、わしが教えたら無意味じゃ。君自身がしっかりと思い出さんとな」
老人はあっさりとかわした。

「わからない。三間坂さんの言ってることはどうも理解できません。ハッキリ教えてくれたっていいでしょ」
徐々に竜太郎の口調に怒りがこもる。

「いいや、自分で考えなきゃいかんことじゃ。なぜならこれはわしの人生でもない。お父さんやお母さんの人生でもない。君自身の人生だからじゃ」

「…」

「まあ焦ることはない。じっくり考えるんじゃ。時間はまだある」

「だって父は待ってるんですよ。それはあんたが全部お膳立てしたからじゃないですか」

「お父さんは30年も待つことができたんじゃよ。希望を持っていれば、もしあと2~3年かかろうが、そんなのは造作もないことじゃ」

竜太郎は老人の呑気な調子に、かなりムッとして言う。
「ずいぶんと勝手なことを言いますね。父の苦労も知らないで。しかもそれはあんたが命じたことですよ」

「お父さんは苦労だとは思っておらんよ」



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