10円玉、消えた
「でもなリュウちゃん、自転車屋の道を選んだのはひょっとして充分“成功”て言えるかも」

「え、なんでだい?」

「家族がいて、別に金持ちじゃなくても平穏に暮らせてるからさ。これもいわゆる“成功”ってヤツだ」

「あ、なるほど。“成功”ったって色々あるからね。何を基準にして“成功”て言うのかは、やっぱり個人差だよな。俺みたいにある程度出世したって、女房に愛想尽かされたら成功なんて言えないよなあ」

「つまりあれだな、心の充実感みたいモンを得られりゃ“成功”てことなのかもな」



充実感…そうか!
薫が言ってた“目に輝きがない”ていうのはそのことか。

俺は確かに一生懸命働いた。
どんどん昇進してまさにイケイケだった。
でもそれは気持ちが充実してたわけじゃない。

漫画家の夢破れ、そのために自分が敗北者となるのを怖れていたためだ。
だから意地になって働いた。
ただそれだけだった。
充実感なんてなかったんだ。

従って心の余裕もなく、里美に構う気持ちすら生まれなかった。
毎日ピリピリしっ放しで、そんな俺に里美は嫌気が刺した。
逃げられて当然だな。



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