10円玉、消えた
「さよう」
老人はキッパリと答える。

「あんなにラーメンに愛情を持っていた父なのに?」

「お父さんはな、本来は機械いじりが好きだったんじゃ。でも途中でラーメンにも興味を持っての。それで悩んだんじゃが、ラーメン屋をやろうと決めたときの気持ちはつまり“逃げ”じゃった」

「え、そうだったんですか?」

老人は頷く。
「お父さんはの、工場勤めをしていて自分の思う通りにならないことがつくづく嫌になったんじゃ。つまり使われる立場にいることがな」

「その場から逃げる手段だったんですね」

「その通り。確かにラーメンに対する思いは、そりゃ並々ならぬものがあったんじゃが、手段として選んではのう」

「それじゃあうまくいくわけないですよね」

「じゃが決してダメになるわけではない。お父さんも家出などしないであのまま踏ん張るべきだったんじゃ。そうすれば君がすんなり跡を継いだんじゃからな。」

「三間坂さんは昔、父のことを俺に言いましたよね。いま踏ん張ればきっとよくなるって」

「なかなかわしが思い描いた通りにはいかんもんじゃよ」

「やっぱり運命は、元々から決まったものではないってことですね」


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