甘い唇は何を囁くか
遼子が、あの建物から出て来た。

その顔を垣間見ただけで、胸が締め付けられる。

たまらず、駆け寄りたくなった。

遼子・・・遼子・・・

俺の名を呼びながら、泣き続けていた遼子・・・

その表情の翳りが、心の不安を映す鏡であることは察しがつく。

今、飛び出してここにいると分かれば、きっと遼子は戸惑うだろう。

俺に、どんな顔をして逢えば良いのかと、そう思い悩んでいそうなものだ。

唇を引き結び、歩き出した遼子の後をそっと追う。

後を引く、甘い香り。

遼子の身体から漏れ出す女の匂いだ。

ヴァンパイアなら、誰もがこの匂いに興奮を覚えるはずだ。

シスカは、身体の疼きを覚えて身を震わせた。

傷ついた遼子の香りに、煽られてどうする―。

そう思うのに、この呪われた身はどうしようもなく、飢えを訴えてくる。

あれから・・・昨日の夜から何も食べていない。

この渇きも当然といえば当然。

遼子を・・・喰いたい。

あんな乱暴に、自分の思うままではなく、遼子のイイように、遼子が感じるように、遼子と通じ合うように・・・抱きたい。

そして、あの白い首にかぶり付いて・・・。

シスカは強く首を振り、こぶしを握り締めた。

なんて、・・・あさましいのだ。

傷ついた遼子を労わりたいと思うどころか、あの男のように貪りたいと思うなど・・・。
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