甘い唇は何を囁くか
バンジェスはいいやと答えて首を振った。

「残念だが違う。我々は生き続ける、死ぬ事などできない。モンスターだ。」

モンスター、その言葉にぎくりとなった。

ならば…。

「お前も、そいつも―、年をとるようになった…人間の女を愛して…そう、いうことか?」

シスカの青褪めた瞳に、バンジェスはふっと表情を和らげた。

「そう、いうことだ。」

年老いても死ぬ事はできない。

バンジェスのように、老いさらばえて、それでもなおヴァンパイアとして生き続ける。

ただ、ひとりの女を愛したために―。

「そんな…。」

「逆らう事はできなかった。本当に、分かるのだよ。ある日、突然、雷に打たれたように気がつく。この女を愛している、この人間を愛していると…。温もりを失った身体に熱が戻り、女を欲して心が焼け付く。どうすることもできない。その女を手に入れるまでは。禁忌だと、分かっていても。」

呆然とするシスカを前にバンジェスはふうとため息をつくとククイを見遣った。

ククイは、何も言わず賛同したかのように頷く。

「後は、君の本能で全て理解するはずだ。なぜ、その女に対してだけ、この牙が仲間に変えるという効力を発揮するのか、なぜ、その女を抱いてはいけないのか。全ての答えはもう君の中にあるはずだ。」

そう言うと、シスカが正気に戻るのも待たずに、カタンと椅子を鳴らして立ち上がった。

「ごきげんよう、シスカ君。もう二度と逢う事はあるまい。」

ふいに、目の前を風がかすめ、シスカは顔を上げた。

その時には、まるで消えたようにもうどこにも、バンジェスの姿もククイの姿はなかった。

不思議ではあるまい。

シスカはそう思った。

俺たちはモンスター、人間ではない。

伝達を目的として現われ、目的を終えたから消えた、それだけのこと。

仲間に愛着があるわけではない。

それよりも―。

人間を―、愛…。

ふいに脳裏にあの日本の女の姿が浮かぶ。

まだ、2度ほど顔を見ただけの関係だ。

まさか。

そう思いながらも、何故かまた体の奥に、失われたはずの熱が沸いてくるのを感じていた。
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