甘い唇は何を囁くか
シスカは眼を丸くし、すぐにその瞳の奥に恐怖を宿らせた。

そして、言った。

「誰だ…お前は、其処で何をしている。」

ユリーカは黙ったまま、一歩あとずさった。

その美しさは魔性というふさわしく

銀の髪がカーテンの隙間から零れてくる月の光に照らされ

星のように瞬いて見えた。

シスカはごくりと唾を飲み、言った。

「魔物―か。」

ユリーカは、ぐっと手を固く握り締めると、シスカの瞳を見つめたままくっと唇の端を上げた。

「…そうよ…。」

そう言うと、美しい魔物の瞳から大粒の涙が零れた。

「私は魔物…ヴァンパイア。」

光沢のある黒いドレスが疾風のごとく舞い込んで来た風に煽られてばたばたと靡く。

美しい魔物は言葉を続けた。

「人の血を啜り、肉を喰む…お前もまた、これから魔物となって生きていくのだ。」

「…何を…。」

ふふふと、泣き笑うと、女はバルコニーの手すりに手をかけた。

「喜ぶが良い。人間よ。お前に不老不死の力を与えたのは、この私…。忘れるな。この顔を…この声を…!忘れるな…。」

女は言いおくと、手すりをひらりと越えた。

あっと思い、シスカは駆け寄った。

だが、女の姿はどこにもなく、残されたものは冷たい夜陰の風と

薔薇の香りだけだった。
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