ヴァンタン・二十歳の誕生日
 幽霊船が何かを曳航している……
それともその何かに曳航させられているのか……


でもそれは間違いなく、パパの乗っていた大型客船だった。


(パパー! 私は此処だよ。パパを助けに来たよ。パパー、何処にいるの?)

本当は大きな声で叫びたかった。


でももしキャプテンバッドに聞こえたら……


「パパ必ず助けにいくよ」
聞こえないないようにわざと小声で呟く。


まだ見つかっていないキャプテンバッド。

いつ遭遇するかも解らないから。




 もう一度船を隈無く探す。
でもキャプテンバッドに出会う為ではない。

パパの大型客船に乗り込む為の方法探しだった。


この船の何処かに身を潜めている骸骨達が羨ましそうに見ている。
そう思えてならない。


もし突然襲って来たらどうしよう。
そんなことばかりを考えていた。




 やはり甲板から行くしか方法はなさそうだった。

もう一度チビを起こす。


それでも起きないチビ。
仕方ないので、背中におぶった。




 その時だった。


「ボンナバン!」
背中でチビが寝言を言う。
それが余りにも的を得ていたので、私は思わず笑い出してしまった。

ボンナバンとはフェンシング用語で《前に飛ぶ》だった。


(あれっ!? 何で知っているんだ? 何時覚えたんだ?)

又頭がボーっとする。


(私って一体何者? それにあの太刀の構え……? 私はフェンシングでもやっていたのだろうか?)





 雅が最近フェンシングにハマって、応援に良く駆り出されていた。


(何処かで見た)

会場に向かう駅でも体育館でも、そう思った。


でも、それが何処なのかが思い出せなかった。


記憶の中に埋もれている何か……
それを今探し出そうとしている。

チビの言った『ボンナバン』が、何かの手掛かりになるるかも知れない。


でもチビは本当に言ったのか?
聞き間違いではない筈だと思った。


私の背中で眠るチビをそっと甲板に下ろす。

胸がキューンとした。


何も知らず、又知らされずに……

パパの存在したことさえ忘れていた日々をこれから生きるチビ。

その哀しみを心の奥にしまい、私は再び立ち上がろうとしていた。




 パパのフランス土産のリボンが、チビのポニーテールに揺れていた。

私はチビのリボンを外して自分のポニーテールに結んだ。




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