薬指の約束は社内秘で
扉の向こうに消えた背中を呆然と見送り、「ほらね、やっぱり厄日だった」と心で愚痴る。

販売部2課の女子は出払ってるから、お隣3課の私がお茶を頼まれただけなのに。
しかも来客用の高いやつを使え、とまで言いましたよね?

でも自分よりずっと年下の彼に言い負かされ、プライドはズタズタなんだろう。

あーぁ。これ高いんだよねぇ。捨てるの勿体ないから給湯室で飲んじゃおうかな。

一緒に八つ当たりをされ、行き場を失った湯呑みに視線を落とすと斜め後ろから湯呑みを奪われ、薄い唇がそれを一気に飲み干した。

それはそれは、とてもいい飲みっぷりで。彼に用意した分だけではなく、課長の分も。


「ごちそうさま」

湯飲みがお盆に戻り、静かな声が落ちてきた。

もしかして、お茶を用意した私に気をつかってくれた? 

さりげない気遣いに理不尽な八つ当たりでくさくさした胸が穏やかになる。

空になった湯呑みを見つめて「なんて返そうか?」とぼんやり考えていたら、歩みを速めた彼の姿は扉の外へ消えてしまった。

名前なんだったんだろう。
まさか「地蔵さん」と呼び止めるわけにはいかないしね。

そんなことを思いながら廊下に出ると、彼が乗ったエレベーターがまだこの階に止まっていた。
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