薬指の約束は社内秘で
不思議に思って中を覗くと右手に書類を持ち、左手で開ボタンを押している地蔵の姿があった。

「ありがとうございます」

待っていてくれて――。
そう付け加えたかったけれど、自惚れ万歳かもしれないからやめておき、ゆっくり動き出したエレベーター内で私の背後を取った彼に視線を流す。

斜めに傾いた端正な顔を視界の端で捉えた。

右手には書類。左手は顎の下に添えられている。

難しい顔で考える姿も絵になるんだよ?

デスクに戻ったら美希(ミキ)ちゃんに自慢してやろう。

社内の噂話が大好物な後輩の羨む顔を想像してみる。

だって本年度玉の輿候補NO.1の彼と密室でふたりっきりだ。女子社員なら誰もが羨むシチュエーションだろう。

でもね? 痛いんですよ、沈黙が。いや、それよりも。

突き刺さるような視線を感じて振り返ると、数秒前とは変わらない光景があるだけだった。

もしかして、私のこと見てました?

なんて、自惚れ万歳なセリフを言わなくてよかった。

ほら、学生時代もあったでしょうが。
憧れの先輩と目が合っちゃったって浮かれてたら、先輩は隣の友達を見てたってオチ。コラ、あの頃から成長してないぞ、自分!

心でツッコんだところでエレベーターが停止した。

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