真っ暗な世界で
「え?なに?聞こえなかったんだけど」


咲洲が聞き直してきたけれど、私は答えずに話題が変わるのを待つ。


「まぁ……この部屋に連れてきたのは、これだけじゃないんだけどな。もうそろそろ来る頃だと思うんだけど……」


咲洲の言葉で、私は初めて外に注意を向けた。少し注意をやれば、トタトタと軽快な足音が聞こえてくる。


この軽快で少し幼い足音は、ゲンくんしかいない。徐々に近付いて来る。


「……来た」


小さく唇から転び落ちた二文字に咲洲は戸惑ったようだ。



「え?嘘だろ!まだ足音も何も……」


聞こえてない。咲洲はそう言おうとしたのであろうが、スパンッと襖を開ける音に消え去った。


「……!おねぇちゃぁぁあん!!!」


勢い良く襖を開けたゲンくんは、私の姿を見たのか、一瞬息を呑んだが、すぐにそう叫んで、何かに近付いた。


いや、私に近付いて来た。


私の腰に衝撃が来るやいなやギュウゥと抱きしめられた。


「ズビッ……おねぇぢゃんが……ぶじでよがっだぁ……」


「この坊主がな、私にハルが危ないって教えてくれたんだよ」


「オバちゃん!おねぇちゃん助けてくれてありがと!!」


お前、偉かったぞー。と褒める咲洲に、ゲンくんは明るく、邪気が全くない声と雰囲気で、爽やかに爆弾投下した。


咲洲が、オバちゃん……。


見た目がそうさせているのは十分承知の上だが、それでも子どもの純粋な毒舌は見ていて中々面白い。


「…………おい、坊主?」


「ヒィッ……!?おねぇちゃん、オバちゃん怖い」


「大丈夫ですよ、私がいます」


咲洲の明らかに怒りが含まれた明るく黒い声に、ゲンくんが怯える。


大人気ないものだ。どうせなら、子どもを論破してしまえばいいのに。あ、それはさらに大人気ないか。


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