身代わり王子にご用心



「ふう、疲れた……」


ついつい日本語が出るのも仕方ない。お店の裏手で残飯を規定のダストボックスに入れて鍵をかけた。野良猫やカラスに漁らせないためだ。


お店はあと私が閉めて帰るだけ。いよいよ明日がプレ·オープンの最終日。そして、明後日の11月1日が正式にオープンする日だ。


メニューは今日最終的な形で決められた。ここ3日間はずっと事務所に泊まりっぱなしだったから、やっとアパートに帰って一息つける。


ふう、とため息を着くと。レストランの隣に完成された木造の建物を見上げた。


石造りの街には珍しい木造の二階建て。昔の日本にあったような木造建築で、どこか暖かみを感じる懐かしいデザインだ。


規模はかなりあって、私が勤めていたUスーパーの店舗ほどの大きさがあるだろうか。


富士美さんになんなのか訊いてみたけれど、いつもはぐらかされて教えてもらえなかった。


「本当に……なんだろう」


ひとりでつぶやいていると、パキッと何かが折れる音が聞こえて。すぐにコーヒーの渋みのある香りが鼻をついた。


『……アレックスさん?』


月明かりに浮かぶ金髪は、年下の料理人でいつも私を殊更怒鳴るドイツ人のアレックスだった。


つり目で無愛想だからよけいに冷たい印象を持つけど、料理に関しては人一倍真面目で努力家だし、いいセンスを持ってると思う。


『モモカも休憩か』


アレックスは紙コップをコンクリートの上に置くと、青い月をともに見上げた。


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