君の世界からわたしが消えても。

 その時、肩にぽんと温かいなにかが乗っかった。


 重みを感じてそこを見ると、しわしわの手。


 カナと話すのも、立っているのも、本当は限界で泣きそうだった。


 心がついていかなくて。


 だけど、今度はその優しい手の温度に安心して、泣きそうになった。


 肩から温もりが離れ、急に寂しさを感じた。


 心のよりどころがなくなったように思えて顔を俯かせると、急に視界が遮られた。


 びっくりして少し顔を上げて見てみると、さっきわたしを落ち着かせてくれたであろう人が、目の前に立ってくれていた。


 わたしを隠すように守ってくれているその背中は、イチのものより遥かに狭くて頼りない。


 だけど、真っ白な白衣を身に着けたその人の存在は、今のわたしにとっては命綱のように感じられた。


「夏目くんの担当医をしている清水(しみず)です。……少しお時間いただけますかな?」


 丁寧な物言いの先生は、立ち姿からして60歳前後のおじいちゃん。


 その人に、病室から出るようにと促された。


 カナのお母さんも、慌てた様子で病室から廊下へと出てくる。


「夏目くん。少しだけ待っていてもらっていいかな?」


「……はい」


 小さなカナの返事を最後に、わたしたちは病室を出た。

< 56 / 298 >

この作品をシェア

pagetop