透明人間
 後の祭りと分かっていながらも、ソファーに倒れこみ、やはり後悔をしていた。再び電話が鳴っても、ここで後悔を挽回できると思っていながらも、出る気にはなれなかった。悲しい自分の現状に、私はただ、その思いを押し殺すことしかできなかった。

 そういえば、何回目のコールだろうか。すでに七回は鳴っていると思われる。どうせまた近所の人からだろう、と思い、まだ出る気にはなれなかった。

 くどいと思いながら、十二回目のコールを聞いていた。ついに骨が折れて、十四回目のコールで受話器をとった。

 そして強い口調で応答した。

「はい、もしもし」

「あ…大島さんのお宅でしょうか」

 男の声だ。もしかしたら、と思い、受話器は左耳から右耳に移った。

「はい、そうですが」

「あ、良かった。大和警察署、刑事課の鶴見です。少しお話の時間を設ければ、と思いまして」

 やはりそうだ。私は興奮を抑えきれなかった。

「もしかして、誠也のことですか」

「まあ、そうなんですが…このことを、報道してみますか」

 なんだ。私はため息をつき、ガクッと肩を落とした。急に年をとったような、それほど肩が重く、さらにこってしまった。

「ああ、そうすれば、早く見つかるんですね」

「まあ、そう思います」

「なら別に、構いません。そうしてください」

「はい、分かりました。では、後日、記者会見を開きます。また連絡するので、では、失礼します」

 受話器を置く頃には、すっかりやつれたようになってしまった。

 私は再びソファーに身をまかせ、音のない声を出していた。目をつぶって、なるべく疲れない姿勢を保とうとした。とにかく、これ以上疲れたくはなかった。昇と違い、他のことをして、気を紛らわせるなんてできない。

 もうそろそろ十時だ。本来ならば、とっくに洗濯物を干してあり、とっくに掃除も済ませ、買い物へ行こうと車に乗りかかっている時刻である。しかし今日の私はそんなことにも構わずに、すっかり堕落している。
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