透明人間
 あーあ、このまま人生が終わればいいのに。そんなことを思いながら、耳に入ろうとする全てを謝絶していた。

 とりあえず、疲れた。起きてからそれほど時間が経っていないのにも関わらず、ひどい疲れだ。その疲れに耐え切れず、ついに屈服してしまった。

 もう肌寒い冷気を感じていたが、まだ旻天が広がっていた時季の出来事であった。


「それで、そのお子さんがいなくなった時は、どういう心境ですか」

「それは…あの時は突然のことで、もう驚きで、パニック状態に陥っていました。今はあの時よりかは落ち着きましたが、まだ、なんで私だけっていう念は抜けませんね。でも、あの時のことを思い出すと…目から…涙が…」

「そうですか…では、今日は一人ということですが、昇さんはどうですか」

 記者会見なのに、昇は来ていない。いつも通り会社に行ってしまったのだ。こうなってしまったのにはもちろん訳がある。

 私は昇が来ていないことを体調が優れないことにして、今の昇の様子を明確に言ってみた。

「なんか、本人は平然でいようと思っているみたいですけど、それが逆に、私にとって、見るたびに、少し痛々しいです。無理しているのが、今日だって…いや、なんでもないです」

 その時、私の脳裏であの時のことを思い出す。そう。昇に記者会見のことを話した日である。

 別に何の変哲もないことなのだが、その時の昇の態度が、驚くほど不可解で、心配で、構ってやりたかった。しかし今日は昇がいない。こんなことがあったのも、昇が壊れたからだ。

 誠也がいなくなるだけで、これほどの影響を与えるなんて、想像なんてできるはずがなかった。台風の過ぎ去った後ではなく、辺りを迂回している。修学旅行やお泊り会でいないのは、なんか寂しく、心配ねと昇とリビングで話していたことだろう。そんな私たちが微笑ましい。

 今は悩みの種が増え、誠也のこと、昇のことが気がかりだ。ひどい雷に打たれたようで、自分の胸が絞まる。

 ついに、脳裏での出来事が、目頭が熱くなると、網膜にくっきりと映された。
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