夢見るきみへ、愛を込めて。

もはや私にはどうでもいいことだけれど、自分のルーツを辿るには近世まで遡らなければいけない。

地主であり豪農としても栄えていたご先祖様は江戸時代に酒造業へ乗り出し財をなすと、雑穀の製造販売、質屋など手広く商売を営みつつ、所有地を広げ発展の土台を固めていったらしい。

明治時代に入ると政治家を輩出し、地域発展や学術振興にも力を尽くしたというが、大地主として揺るぎなく成長を続けた背景には豪商としての手腕を発揮した当主が何代にも渡って現れたことだ。

理財に長けているということは、どのように金銭を遣えば利益をあげられるか導き出せるということで、ひとつの才能とも呼べる。

先代のマニュアルに沿う者もいれば、革新的な運用をする者もいただろうし、それが本当に当主の意向だったのかも分からないから、一概には言えないけれど。“勘のいい者”は確かに存在し、その血は現代に至るまで脈々と受け継がれてきたと言わざるを得ない。


かくして地方有数の富豪一族となったわけだが、財力や権力は欲しがっても、度を超えた能力には淘汰的だったようで、“私”はほとんど異物として本家を追い出された身だった。

幸い跡継ぎ候補は他にもいたため、一族の威光は失われることなく今も繁栄し続けている。


山に囲まれた幽邃な奥地に鎮座する本家は、昔と同じままだった。和を基調とした広大な敷地内には庭園や池があり、主屋の他、茶室と蔵も備えていたことを覚えている。

駐車場へ滑り込んだ車から降り、正門をくぐると至る所で忙しなく動く使用人の姿を捉えた。おそらく正月に一族が集うせいで準備に追われているのだろう。

「おかえりなさいませ」

玄関に入るなり司さんを出迎えた若い使用人が、ちらと視線をよこす。しかし司さんは意外にも連れの説明をすることなく、下がるように告げただけだった。

「少し顔を出してくるから、ここで待っていてくれる?」

「分かりました」

やはり親族の一部は早めの帰郷をしているみたいだ。廊下の先へ消えた司さんを見送り、ぱたぱたと行き交う使用人の邪魔にならないよう壁を背に真っ直ぐ立つ。私を連れてきた司さんが、気を遣わないようにという思いもあった。
< 107 / 135 >

この作品をシェア

pagetop